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2014年7月13日掲載 − 脱原発 ・ 自然エネルギー
インタビュー:
Dr. セバスチャン ・ ボーライ(1)

ドイツ商工会議所連合会エネルギー気候政策部長
Q:ドイツ政府と経済界は、いつ頃から脱原発、エネルギーシフトについて話し合いをはじめたのか

フクシマの大惨事があった後、早い段階で何かしないといけないということになった。まず、原子力のリスクを再評価し、原子炉8基を仮に停止した。次に、原子炉を再稼働できるかどうか検討することになった。

その後、政府と経済界と間で話し合いをはじめるまでに、かなり時間がかかった。脱原発とエネルギーシフトは、ドイツ政府が独自に単独で決定したものだ。


Q:それ以前にドイツが最初に脱原発が決めた時には、経済界との話し合いはなかったのか

最初の脱原発では、政府と原発を所有する電力会社4社が集中的に話し合いをし、その結果、脱原発で合意が成立した。その合意書が2002年に署名された。


Q:その前には、脱原発に関して政府と経済界ではまったく話し合いがなかったのか

その前にはなかった。

2011年3月に政府が(最終決定するまで)モラトリアム期間を導入して、8基の原子炉をすぐに停止させた。


Q:しかし、ドイツはエネルギーシフトに向けてその前から準備していたのではないか。たとえば90年代から

そうだ。

再生可能エネルギーへの転換、エネルギーシフトは、脱原発の最終決定(2011年の決定)よりももっと前に開始していた。エネルギーシフトの開始は92年に遡る。

当時、法律によって再生可能エネルギーで発電された電力を優先的に法的に決められた買取価格で引き取ることを規定した。エネルギーシフトはだから、20年以上も前から開始されていた。


Q:経済界は当時、すでにエネルギーシフトを支持していたのか

当時は再生可能エネルギー産業はまだ小さな経済活動だったので、再生可能エネルギーにどれくらいの可能性があるのか誰もわからなかった。

現在、電力の4分の1が再生可能エネルギーによるものだが、当時はそんなことは全く考えられなかった。楽観的な人でさえ、そんなことは信じられなかった。


Q:それでは現在、経済界は脱原発、エネルギーシフトに対してどういう立場なのか

脱原発が決定された以上、もう後戻りはできない。

2022年に最後の原子炉が停止されても、現在と同じように電力を安定供給できるようにするしかない。

電気料金も、経済界が破壊されないように高くなってはならない。支払いできるような料金でないといけない。

われわれに課せられた課題は、たいへん野心的な計画だ。

もう後戻りできないので、失敗しないように実行するしかない。


Q:ということは、ドイツ経済界は脱原発を単に受け入れたということか

ドイツ経済界は政府の決定にしたがい、2022年までに原発ゼロにすることを受け入れた。


Q:それに対して、経済界は何か補助を受けるのか

政府の補助はない。

再生可能エネルギーによって新しい産業を育てる。だから、エネルギーシフトを実現することで、この新しい産業を支援しているともいえる。

政府は現在、原子力における雇用をそれによって相殺しようとしている。

それ以外、補助といるものはない。


(ドイツ商工会議所連合会でインタビュー)
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