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2013年7月16日掲載 − 放射能汚染
規制値はこう変わってきた

現在、国際放射線防護委員会の放射線防護の基本的な考え方になっているのが「ALARA(As Low As Reasonably Achievable)の原則」(アララの原則)といわれるものです。これは、放射線被曝は「合理的に達成できる限り」低く抑えるべきだという考え方です。この原則は、国際放射線防護委員会の1973年と1977年の勧告で導入されました。


この考え方が、現在各国で有効な放射線防護を規定する規制値の基準になっています。


それでは、この「合理的」ということばにはどういう意味があるのでしょうか。


勧告は、放射線被曝を伴う行為は費用便益分析によって評価し、その結果、便益をもたらさない放射線防護行為は行う必要はないとしています。さらに、放射線防護を最適化するために社会的、経済的要因を考慮するよう求めています。


要は、被曝の影響を減らすために、経済的な便益がなくなるまでコストと労力をかけて放射線防護を行う必要はないといっているのです。


これが「合理的」という意味で、その論理によって被曝を正当化しています。この考え方を基本にして設定されているのが、現在の線量限度と食品汚染の規制値です。


原子力を利用するに当たっては、原発など実際の原子力を利用する現場で一般公衆に適用する線量限度を適用していては人材が足りません。原子力を利用する利益を守るためには、犠牲が必要となります。そのため、原発で働く作業員やX線撮影などに携わる診療放射線技師などの「放射線業務従事者」に対して、一般公衆よりもかなり高い線量限度を認めています。


これも、ALARAの原則のいう「合理的」ということです。この合理性の論理が、起こる事態に柔軟に対応できるように、線量限度や規制値を設定するに当って可変性をもたらしています。


国際放射線防護委員会勧告の考え方をさかのぼると、放射線防護の対策がいかに緩和されてきたかがわかります。


まず1954年の勧告では、「to the lowest possible level(可能な最低限のレベルまで)」線量限度を引き下げるべきだとされていました。その根拠の一つとして、科学的根拠がまだ不完全だからといわれていました。


1956年の勧告では「as low as practicable(実行できる限り低く)」と、ここでも、まだ線量限度を最大限引き下げるべきだとの表現が使われていました。


それが、1965年の勧告でかなり後退します。「as low as readily achievable(容易に達成できる限り低く)」として、はじめて社会的、経済的な面を配慮するよう求めています。1973年には、この「容易に」という表現が「合理的」ということばに置き換えられ、原子力の平和利用による便益が優先されるようになります。


一般公衆に対して線量が規定されたのは、1954年になってからです。ただこの時は、放射線に携わって働く作業者の10分の1としか制限されていません。


ここでは、特定の期間内においてこれ以上被曝してはならないという最大許容線量の考え方を基本にしていました。作業者に対しては、週当り全身(正確には、造血臓器、生殖腺、水晶体)で0.3レム、皮膚で0.6レムと制限されていました。1レムは10ミリシーベルトですから、それぞれ3ミリシーベルト/週、6ミリシーベルト/週に相当します。ここでは、短期間の被曝しか想定されていなかったと思われます。


一般公衆に具体的な線量値が勧告されたのは、1958年になってからです(勧告1)。まず、造血臓器、生殖腺、水晶体に対して0.5レム(5ミリシーベルト)/年が勧告されます。ここでも、これ以上被曝してはならないという最大許容線量の考えが基本になっていました。さらに1965年の勧告9で、一般公衆に対して年間0.5レム(5ミリシーベルト)が勧告されます。


1977年には、この最大許容線量という考え方から前述した実効線量(当時はまだ実効線量等量と称す)を適用することが勧告されました。放射線防護を最適化するという条件付きで、放射線被曝を容認する線量限度という考え方が導入されました。そこではじめて、一般公衆に対して1ミリシーベルト/年が勧告されます。これが、現在有効な国際放射線防護委員会勧告60の基本になっています。


線量限度の数値だけを見ると、年間5ミリシーベルトから1ミリシーベルトへと線量が引き下げられたように見えます。


それに対して、放射線防護の基本的な考えがALARAの原則へと緩和され、原子力の平和利用に有利になるようにされてきたことに注目しなければなりません。これは、数値の上では規制を厳しくしておきながら、最大許容線量を設定することを止め、「合理性」という名目で規制をいくらでも緩和できるようにしてきたということです。


現在有効な勧告では、原発事故のような緊急時になると、一般公衆の線量限度が最大100ミリシーベルト/年まで認められます。これは、「最大許容値」の考え方を捨てたから可能になったというべきで、 ALARAの原則でいうように社会的、経済的に見て「合理的」であれば、線量限度はいくらでも変えることができ、平常時の100倍になっても問題ないといっていることになります。


健康影響を抑えるという放射線防護の本来の目的は、どうなったのでしょうか。


(2013年7月16日、おすと   えいゆ)
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