2020年4月04日更新
ベルリーナールフト

「ベルリーナールフト(Berliner Luft)」は、ベルリン生まれの作曲家パウル・リンケが作曲した国民の音楽。『ベルリン市の歌』といってもいいほど、ベルリンに密着している。一般市民層のために音楽を書き続けたリンケならではのメロディーだ。


毎年6月に日本でも放送されるベルリン・フィルの野外コンサートでは、いつも一番最後に演奏されるおなじみの局だ。直訳すると、「ベルリンの空気」ということ。


このコーナーでは、ベルリンのあちらこちらから、日常の写真でベルリンの香りを届けます。


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2020年
ソーシャルディスタンス

ソーシャルディスタンス

新型コロナの影響で外出制限となっているベルリン。

最低1.5メートルのソーシャルディスタンスをとることが求められる。ソーシャルディスタンスは、スーパーマーケットの店内においても必要だ。

そのため、スーパーマーケットへの入場も制限される。その結果、お店の前に並んで順番がくるのを待たなければならない。

並ぶ時も、人と人の間は最低1.5メートルのソーシャルディスタンスをとる。

これまで、それに文句をいう人もない。平穏に進んでいる。

この状況は、最低4月19日まで続けられる。 (2020年4月04日)

ベルリン散歩

ベルリン散歩

ベルリンでは現在、新型コロナの影響で外出が制限されている。

外出できるのは、食料品を買いに行く時、薬を買いに行く時、医師の診察に行く時、銀行に行く時など。仕事はホームオフィスで処理できない場合だけ、通勤できる。

家族との散歩や、一人でジョギングすることも認められる。友人との散歩は、2人でしかできない。最低1.5メートル離れて歩く。

週末天気がよかったりすると、たくさんの人が散歩に出ている。

シャルロッテンブルク宮殿の庭園でも、散歩を楽しむ市民の姿が結構みられた。 (2020年3月28日)

ベルリン

ベルリン  ベルリン  ベルリン

ベルリンでは、新型コロナウイルスの影響で社会生活が制限されている。

学校は休校、お店は一部を除き閉店を余儀なくされている。

社会的接触を避け、人とグループで会ったりしてはいけない。

政府は、市民に自主的に実行するよう求めている。しかし、政府の要望に耳を傾けない市民がいるのも事実。

でもベルリンでは、観光名所において人の姿をほとんど見かけなくなった。 (2020年3月21日)

ドレスデン空襲

75年前の2月13日から15日にかけ、ドイツ南東部のドレスデンは、4回の空襲を受けた。米軍と英軍がそれぞれ2回空爆した。

投下された爆弾は、東京大空襲の時よりも多かったとされる。

写真左のノーラさんは、13歳の時ドレスデンで大空襲を体験した。

写真右は、スペイン・ゲルニカからきたフアンさん。ゲルニカは、第二次世界大戦のはじまる前の1937年にナチス・ドイツに空爆された町だ。

ドレスデンとゲルニカは、フアンさんのイニシアチブで22年前に交流を開始。和解への道を歩みはじめた。 (2020年3月14日)

フリードリヒ大王

フリードリヒ大王は、18世紀にプロイセン王として君臨した。音楽好き、美食家としても知られる。

大王は、休耕地でジャガイモを普及させた「ジャガイモ王」でもある。大王のおかげで、ジャガイモは現在、ドイツの主食のようになっている。

先日、宗教改革ルターの町ヴィッテンベルクで「ジャガイモハウス」というレストランに入った。

レストラン入り口横の壁には、しっかりと「ジャガイモ王」フリードリヒ大王のイラストが描かれていた。

もちろん、ジャガイモ料理を食べた。  (2020年3月07日)

デムニク

デムニク  デムニク  デムニク

「つまずきの石」をはじめたのは、芸術家グンター・デムニクさん。強制収容所に送られた個人の記憶を伝えます。

はじめて、石を埋めたのは1996年。ベルリンでした。これまで埋めた石は、7万5000個を超えました。ドイツをはじめ、ヨーロッパ全域に渡っています。

でも、石をまったく受け入れてくれない地域もあります。ドイツでもミュンヒェンでは、ユダヤ人協会が石が踏まれるからダメだとしています。

デムニクさんは、いいます。石が地面に埋め込まれているから、人は頭を下げて見るのだと。

それは、犠牲者に許しを請うことであり、敬意を表することでもあるのです。 (2020年2月29日)

つまずきの石

つまずきの石  つまずきの石  つまずきの石

「つまずきの石」は家の前に埋められ、その家から強制収容所に送られた個人について記録する。

それをはじめたのが、芸術家デムニクさん。今回、つまずきの石を寄付したのは、クルークさんだ。

クルークさんがこどもの頃住んでいた家の前に、当時の隣人の記録を残そうと思った。クルークさんは、こう説明する。

今回埋められたのは、5つの石。デムニクさん自らが石を埋めた。

クルークさんの目には、涙が浮かんでいた。 (2020年2月22日)

シロウ船長

昨日2月14日は、ヴァレンタインデーだった。

あまり商業ベースに派手な売り込みをしないドイツ。「義理チョコ」というようなことばも、聞いたことがない。

ベルリンのヨーロッパセンターには、ヴァレンタインデーにカップルが座ってツーショットで写真を撮る赤いソファーが置かれていた。

「新婚さん、いらっしゃーい!」という感じ。

でもこの年になると、ちょっとそこに座って「チーズ」というのも恥ずかしい。 (2020年2月15日)

シロウ船長

運河に接岸されている船は、レストラン「シロウ船長」。

この冬は暖かいとはいえ、船の上で食事をするのはまだ寒い。1月と2月だけは、予約があれば船内で人数を限定して営業するという。

その他の季節では、週末は朝食からサービスされる。結婚式や誕生日のパーティなどにも人気がある。

料理のメインは、やはり魚料理。魚は、釣った魚という売り込み。肉料理は、ベルリン風の料理とか。

場所は、6月17日通りのシャルロッテンブルク門すぐ横。Sバーンのテーアガルテン駅から歩いて5分。 (2020年2月08日)

慰安婦地獄絵

慰安婦地獄絵  慰安婦地獄絵  慰安婦地獄絵

ベルリンでは今、フィリピンの「慰安婦」被害者レメディオス・フェリアスさんが自分の体験を描いたキルト作品が展示されている。

フィルピンでは、被害者の多くがすでに亡くなっている。生存者は、もう2人しかいないともいわれる。

レメディオスさんも、すでに亡くなっている。日本人に「慰安婦」の現実を知ってもらたいと、亡くなる前にこのキルト作品を日本人女性ジャーナリストに託したという。

展示は、ドイツコリア協会で2月15日まで。 (2020年2月01日)

ホロコースト体験語り部

ホロコースト体験語り部  ホロコースト体験語り部

フランツ・ミヒァルスキーさん85歳。カトリック教徒の父とユダヤ人の母の間に生まれた。

母は、身の安全を守るため、カトリック教徒に改宗。フランツさんも洗礼を受けた。

しかしフランツさんは、母とともにゲシュタボに追われ続ける。各地で母と子を助けてくれる人たちに出会い、終戦を迎えた。

フランツさんは、自分の逃亡体験を語り続けてきた。数年前、脳梗塞を患う。それ以降、うまくしゃべることができない。連れ合いのペトラさんが、代わりにフランツさんの体験を語っている。

1月27日はアウシュヴィッツ解放の日。解放後75年となる。 (2020年1月25日)

木の芽

木の芽  木の芽

この冬は、これまでとても暖かい。

ベルリンでは、最低気温が零下にまで下がった日がほとんどない。

わが家のベランでは、マーガレットの白い花がまだ咲き続けている。ティーアガルテン公園でも、木々がもう新芽を出しはじめた。

心配なのは、これから急に寒くなって零下になると、新芽を出した木がだめになること。

木々についた虫も暖かいので、死なないでついたままになっている。春になると、木が虫で枯れてしまうのも心配だ。 (2020年1月18日)

列車内に犬

列車内に犬

デュッセルドルフからベルリンに戻る時、ドイツ新幹線ICEの車内にワンチャンが心地よく同乗していた。

ドイツでは、犬を車内に連れてくるのは禁止されていない。

大きな餌入れは、飼い主が持参したもの。水が入っていた。

一時、横の席に乗客が座った。ワンチャンは興奮するでもなく、おとなしく飼い主の座席の下に移動していた。

犬は一度も吠えることもな、乗客車も犬を怖がるでもない。 (2020年1月11日)

2019年

2019年  2019年  2019年

ベルリンでは、毎年元旦に走り初めが行われる。

ベルリン中心にあるウンター・デン・リンデン通りを、ブランデンブルク門から往復で10キロメートル走る。

ただ誰にでも参加できるように、途中でブランデンブルク門に戻るコースもある。

参加者は、「2020」と書かれたゼッケンをつけて走るだけ。タイムは測定されない。

車のいない大通りをゆっくり走って、新年を満喫する。 (2020年1月04日)

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