2020年11月28日更新
ベルリーナールフト

「ベルリーナールフト(Berliner Luft)」は、ベルリン生まれの作曲家パウル・リンケが作曲した国民の音楽。『ベルリン市の歌』といってもいいほど、ベルリンに密着している。一般市民層のために音楽を書き続けたリンケならではのメロディーだ。


毎年6月に日本でも放送されるベルリン・フィルの野外コンサートでは、いつも一番最後に演奏されるおなじみの局だ。直訳すると、「ベルリンの空気」ということ。


このコーナーでは、ベルリンのあちらこちらから、日常の写真でベルリンの香りを届けます。


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2020年
少女像デモ

少女像デモ  少女像デモ  少女像デモ

「わたしたちは、平和の少女像」

ベルリンの中心街ジェンダルマン広場で11月26日、こう書かれた慰安婦少女像のポスター200枚が張り出された。ポスターの張られた椅子に座ることで、自分も少女像だと意思表示する。

日本政府が撤去を求めるベルリンの慰安婦少女像を守るために行われた抗議デモだ。

慰安婦問題は、日本の戦争の過去の問題として扱われがち。でも戦争が起これば、今も性暴力の問題はどこでも起こる可能性がある。 (2020年11月28日)

紅葉

紅葉  紅葉  紅葉

ベルリンではあちこちで紅葉し、晩秋という感じになっている。でも今年の11月は、例年になく暖かい。

落ち葉の広がる公園や歩道を歩くのは、ぼくにはとても気持ちがいい。ただベルリンには樹木が多い分、その落ち葉の処分もたいへんだ。

公園では、緑地課の職員が可動式扇風機で落ち葉を集めてから回収する。街路では、清掃公社の職員が回収する。

落ち葉も貴重な資源。コンポスト化して肥料として利用される。 (2020年11月21日)

ベルリン・テーゲル空港

ベルリン・テーゲル空港  ベルリン・テーゲル空港  ベルリン・テーゲル空港

ベルリン・テーゲル空港が閉鎖された。ベルリン新空港が開港したからだ。

2020年11月8日昼、エアフランス機が最後に離陸。60年の歴史に幕を閉じた。空港のある地域は元々フランス軍管轄地域。60年前にはじめて着陸した民間機もエアフランス機だった(最初の写真右上)。

1961年、東西ベルリンに壁ができる。現在のターミナルビルは1974年にできたもの。それ以降、テーゲル空港は西ベルリンにとって重要な空の窓口だった。

今後は、住宅地となるほか、大学キャンパスを誘致して技術研究開発の拠点として再開発される。

ありがとう、テーゲル空港。長い間ご苦労さま。 (2020年11月14日)

ハロウィン

ハロウィン

10月31日は、ハロウィンの日。ドイツでも、ハロウィンが結構盛んになった。

こどもたちが妖精や魔女などに扮装して、1軒1軒甘いものをねだりにくる。

そういう風習に慣れないわが家では、甘いものがないことが多い。こどもたちがきたらどうしようと、ビクビクしている。

今年はわが家のある建物の階段に、隣人のこどもたちのつくったと見られるジャック・オー・ランタンがあった。

翌朝、カボチャのランタンは中庭の入り口前に移っていた。

悪魔が移動させたのか?どことなく表情も変わったように見えるが。 (2020年11月07日)

ベルリン新空港

ベルリン新空港  ベルリン新空港  ベルリン新空港

今日2020年10月31日、ベルリンの新空港が開港する。当初の予定より、9年も遅れた。

今日は、特別機2機が昼過ぎに、夕方になって定期便のいくつかが着陸するのみ。すべての定期便が同空港に離着陸するようになるのは、11月7日からになる予定だ。

しかしコロナの影響で、通常のベルリンの空港利用者数の20%にもならない見込みだ。

写真で緑色のウエストを着ているのは、開港前に空港を試運転するためのエキストラさんたち。

試験用に用意されたトランクも、実際に重くなっていた。

エクストラさんたちには紙に、それぞれどう動くべきか細く指示されていた。搭乗するのはバスで、空港内をぐるっと回って到着口に戻る。 (2020年10月31日)

ティーアガルテン

ティーアガルテン  ティーアガルテン  ティーアガルテン

ベルリンの中心に、大ティーアガルテンという大きな公園がある。ブランデンブルク門の前に広がる。

プロイセン王フリードリヒ1世在位中の17世紀末頃に、現在の構造になったといわれる。

しかし、どこを見ても200年以上も経った大木を見つけることができない。木はどれも、75年ほどしか経っていないものばかりだという。

それはなぜか?

第2次世界大戦で破壊されたのは確かだ。さらに戦中から終戦後にかけて、市民が木を薪にして、すべてを料理や暖房に使ったからだった。

終戦後、木が再植樹された。 (2020年10月24日)

修道院教会

修道院教会  修道院教会  修道院教会

ベルリンから電車で2時間弱走ったろころに、ノイツェレがある。ドイツとポーランドの国境となるオーデル川沿いにある。

ここには、中世にできた修道院がある。

修道院は、ナチスの時代、宗教を否定した東ドイツ時代を乗り越え、現在、そのカトリック教会などが修復され、見学できるようになった。

写真は、そのカトリック教会の内部だ。その絢爛豪華さには、目を見張るものがある。 (2020年10月17日)

鳥

鳥

シュパンダウの森に入ると、小川に鳥もたむろしている。シカとイノシシを飼っている場所の間にある。

この辺りは、家族連れでにぎわっている。こどもにとっても大人にとっても、魅力のある場所のようだ。

鳥たちがのんびりとしているようにも見える。でもそれは、単なるぼくの思い込みなのか。

でも、この辺りの雰囲気自体がとてものんびりしていると感じる。 (2020年10月10日)

シカ

シカ  シカ

前回、シュパンダウの森について紹介した。その森林を南側から入ると、シカとイノシシが別々に飼われている。

とても大きな敷地が金網で囲まれている。野生動物を人から保護するためだと思われる。

ベルリンに近い自然の森林が、たくさんの市民の憩いの場となっているからだ。森に入った市民を保護するためでもあると思う。

ただぼくは森林を歩いていて、まったく放し飼いになったシカが歩いているのも見た。

向こうも、ぼくの動きを慎重に観察していた。 (2020年10月03日)

シュパンダウの森

シュパンダウの森  シュパンダウの森

ベルリンの北西にシュパンダウの森という森林地帯がある。1350ヘクタールほどの面積だ。

わが家から1時間もかからない。

名前からわかるように、森はベルリンの北西にあるシュパンダウ区の北部に広がる。シュパンダムは元々、ベルリンとは別の町。1920年になってベルリンに統合された。

シュパンダウの森は自然の宝庫。中世にはすでに森林管理者がいたという。現在、森の一部が国立自然保護区域になっている。

森には湿原があり、そこでは神秘的な雰囲気も漂う。 (2020年9月26日)

赤とんぼ

ベルリンも9月になって、秋らしくなってきた。

最高気温が20度にもならない日が増えた。でも急に30度近くと、夏らしくなることもある。ただその時は、温度差が大きくて、からだがだるく感じる。

今年の秋は、近くの公園でも赤とんぼを例年より多く見かける。

先日ベルリン郊外の大きな森にいった時も、沼のあるところにいくと、赤とんぼがたくさん飛んでいた。 (2020年9月19日)

フリードリヒ通り

フリードリヒ通り  フリードリヒ通り

ベルリンの中心にあるフリードリヒ通りの一部では、車の通行が試験的に禁止された。

その代わりに、道路を市民と自転車に解放して、市民の憩い場、コミュニケーションの場にしようとする試みが行われている。

道路の両脇には、木が置かれている。ベンチやコミュミケーションエリア、カフェなども設置されている。

これまでのところ、市民が落ち着いて集まれる場として好評だという。人の出が増え、当初反対していた店舗などもむしろ満足しているという。

自転車は、時速20キロメートルまでに速度制限されている。 (2020年9月12日)

ヴィーガン食堂

ヴィーガン食堂  ヴィーガン食堂

アッティラ・ヒルトマンさんはベルリンで、小さなヴィーガン食堂を経営している。ベルリンだけで数軒ある。

そのアッティラさんが、ベルリンでコロナ対策に反対する中心人物となり、陰謀論を唱えている。たくさんの人にとって以外だった。

でも今、アンチコロナ派ではスター的な存在だ。それとともに、ナチス的な発言も目立ってきた。

反コロナのアッティラさんだが、ヴィーガンのお店の前には、正面にマスクの着用とソーシャルディスタンスを求めるパネルがはってある。

お店の横には、消毒液も置いてある。

自分の主張を犠牲にしても、背に腹は変えられないということか。 (2020年9月05日)

屋外飲食

屋外飲食

ベルリンには、ビアガーデンなど屋外に座って飲食できる可能性がたくさんある。コロナ禍では、室内で飲食するよりは、屋外で飲食するほうが感染のリスクは少ない。

それも、今まだ晩夏で、夜外に座っていてもそれほど寒くないからできるのだ。それでも夜になると、15度くらいにしかならない日も増えた。

寒い時に備え、屋外でも座れるように毛布や屋外用のガスストーブが用意されている。

とはいえ、それにも限界がある。

これから、秋から冬になるにつれ、屋外で飲食するのは難しくなる。同時に、新型コロナがさらに広がる危険もある。

これからどうすべきなのか? (2020年8月29日)

ドゥチュケ墓石

ドゥチュケ墓石

写真は、ルーディ・ドゥチュケの墓石だ。ルーディは、1968年の(西)ドイツ学生運動の中心人物だった。

学生運動の拠点だったベルリン自由大学近くの墓地にある。

ルーディは1968年4月、西ベルリンの路上で学生運動に反発する右翼の若者に撃たれる。一命を取り留めたが、その後遺症で1979年12月亡くなった。

当時の学生運動は、縦割り社会に反発する反権威主義的なものだった。それが、後のドイツ社会に大きな影響を与える。

今のドイツ社会は、当時の学生運動なくしては考えられない。戦後の大きな転機だった。

具体的には、本サイトの記事「ドイツの学生運動から50年」も参照されたい。 (2020年8月22日)

コロナ治療センター

コロナ治療センター  コロナ治療センター  コロナ治療センター

ベルリンでは今年5月から、仮設のコロナ治療センターが準備されている。病院でコロナ患者を収容できなくなる事態に備えたものだ。

見本市会場を利用し、計画から設置まで約7週間で設置した。

現在、500病床が用意されている。そのうち約20%が集中治療病床。最初の写真の女性の後にあるタンクが、人工呼吸器用の酸素タンクだ。

さらに300病床をいつでも設置できる状態になっている。それも含め、仮設センターの設置に全体で9000万ユーロ(約100億円)が用意された。

ただ現在、病床の追加は必要ないと見られる。

センターでは現在、新しい職員のリクルートと研修などが続けられている。患者は幸いにも、まだ一人も収容していない。ただ万一に備え、来年5月までリザーブとして維持する計画だ。 (2020年8月15日)

白鳩

白鳩

ベルリン中心にあるフリードリヒスハイン公園には、30年余り前に日本から寄贈された平和の鐘がある。

そこでは毎年8月6日になると、核兵器廃絶を求めて追悼式典が行われる。

今年は、日本人の池永さんと韓国人のソンさんが参加。まず最初に、2人は一緒に平和の鐘をついた。

最後に2人は、ICANのローデさんとともに平和を願って、白い鳩を解き放つ。

当時広島では、たくさんの朝鮮人が強制労働させられており、原爆投下でたくさん犠牲になった。 (2020年8月08日)

キューブ

キューブ

ベルリン中央駅前のワシントン広場に、独特なスタイルのオフィスビルが登場した。「キューブ・ベルリン」という。

形は、一辺42.5メートルの立方体と単純なように見える。外壁が全面ガラス張り。そのガラス面の角度がそれぞれ違うので、ガラス面には角度に応じて映し出される外観が異なる。

ある表面には、駅舎が映し出される。またある表面には、建物手前の広場の様子など。まるで万華鏡のようだ。

地上階には今後、飲食店などが入るという。それより上は、オフィスとなる。ドイツ鉄道の事務所などとなる。 (2020年8月01日)

トルーマンハウス

チャーチルハウス  スターリンハウス

ベルリン郊外のバーベスルベルクの湖畔には、豪邸が並んでいる。

その豪邸の3つに、ポツダム会談に出席するため、米国トルーマン大統領、英国チャーチル首相、ソ連スターリン書記長の3首脳が宿泊した。写真も、その順に並べてある。

日本でポツダム会談として知られる会談は、ベルリン会談だった。戦争で破壊されたベルリンに、会談を開催するのに適した場所がなかった。ポツダムは、その代替地だったにすぎない。

トルーマン大統領の滞在した邸宅は、米国の政治権力が集中し、「リトルホワイトハウス」と呼ばれた。

今から75年前の7月25日、米軍の原爆投下命令が作戦担当司令官に出される。トルーマンはその時、写真の豪邸にいた。 (2020年7月25日)

核分裂

核分裂  核分裂  核分裂

今から75年前の7月16日、米国ニューメキシコではじめての核実験が行われた。

その基盤になったのは、核分裂の発見だ。その核分裂が発見されたのが、写真の建物。1938年12月のことだった。当時は、カイザー・ヴィルヘルム研究所といった。現在、ベルリン自由大学の研究所となっている。

研究所で実験したのは、オットー・ハーンとフリッツ・シュトラースマン。それを理論的に解明したのは、オーストリア出身のリーゼ・マイトナーだ。

しかし建物の銘板には、この建物で核分裂を発見したのは、オットー・ハーンとフリッツ・シュトラースマンとしか書かれていない。

ユダヤ系のリーゼは、1938年夏研究所を離れてドイツを亡命していた。 (2020年7月18日)

業界デモ

業界デモ  業界デモ

ベルリンでは、新型コロナによる制限がかなり緩和された。デモもできるようになった。

デモや集会をする時は、依然としてマスクを着用して、1.5メートルの間隔をとって第三者と濃厚接触するのを避けなければならない。

でも先日ブランデンブルク門であった遊園地やお祭りの業界のデモでは、主催者がマスクの着用と1.5メートルの間隔をとるよう求めても、ほとんどの参加者はそれを守っていなかった。

デモが終わった後には、「どん底までもう1.5メートル」と書かれたプラカードが残っていた。新型コロナでまだ営業を認められない業界で働く人たちの苦しさが痛い。 (2020年7月11日)

ソーシャルディスタンス

ソーシャルディスタンス  ソーシャルディスタンス

ベルリンでは、新型コロナ禍による規制がかなり緩和された。ただ依然として、1.5メートルのソーシャルディスタンスをとること、公共交通と店舗内でマスクを着用することが義務つけられる。

マスクを着用していないと、50ユーロの罰金。常習犯は最高500ユーロの罰金を課せられる。

スーパーやドラッグストアのレジの前には、依然としてソーシャルディスタンスを維持して並ぶためのシール(写真緑色)が床にはられている。

お店の前でも入場制限がある場合は、ソーシャルディスタンスをとって並ぶ。 (2020年7月04日)

養蜂場

養蜂場  養蜂場

以前、ベルリン産のハチミツを紹介したことがある。これは、菩提樹の花のハチミツだった。

その養蜂場が、ベルリンのど真ん中にある。ティーアガルテンというブランデンブルク門前の大きな公園だ。

公園にはたくさんの樹木がある。その樹木が花をさかせる時期に応じて、それぞれ味の違うハチミツができる。

菩提樹、アカシア、クリの木の花からミツハチが蜜を採集する。

春になる前に、地元に生息する樹木のハチミツを愛食する。そうすると、花粉症の防止にもなるという。 (2020年6月27日)

カフェ

カフェ  カフェ

この屋外カフェ、何か変ではなーい?

お客さんが、同じ方向を向いて座っている。テーブルの向かい側には、誰も座っていない。

もう一つの写真を見てもらいたい。

テーブルの片側では、ベンチに座れないようにしてあるのがわかった。

これも、新型コロナ故のこと。制限が緩和されたとはいえ、濃厚接触を避けるため、ソーシャルディスタンスを維持して一つのテーブルにたくさんの人が座れないようにしてあったのだ。

テーブルの上には、一つのテーブルには最高2家族までしか座れませんとある。 (2020年6月20日)

昭和通商

昭和通商  昭和通商

ベルリン・ギーゼブレヒト通り14番地。

この建物に戦時中、日本の昭和通商会社ベルリン支店が入っていた。

昭和通商は、大日本帝国陸軍によってつくられた国策会社。ドイツなどから軍事技術と軍事用資材を調達していた。

昭和通商は1944年3月、ベルリンで原爆の原料となるイエローケーキを購入する。

1年余りして、そのイエローケーキがドイツの潜水艦U234によって日本に輸送される。しかし航海中、ナチス・ドイツが降伏した。

イエローケーキは、米国によって押収される。 (2020年6月13日)

有機ビール

有機ビール  有機ビール

今日は、多分ベルリンでしか販売されていないビール「ホップ(Hopp)」を紹介。ベルリンの有機食品専門スーパーBio Companyで買える。

正式には公表されてないが、ドイツ東端のヴィティチェナウ(ザクセン州)という小さな町で製造されているはず。ここでは、14世紀中頃からビールが醸造されている。原料に使用されるホップは、有機栽培されたもの。有機ビールだ。

有機ビールというと、高いと思うかもしれない。でも0.5リットル瓶のビール1本が0.99ユーロ(約100円)。多分有機ビールでは、今のところ1ユーロしない唯一のビールではないかと思う。

安物有機ビールだが、味は決して悪くない。普通のビールと比較すると、ビール1本10セント(約10円)ちょっと高いだけ。味は、その差以上にいい。騙されたと思ってお試しを。 (2020年6月06日)

フロリダアイス

フロリダアイス  フロリダアイス  フロリダアイス

今日は、ベルリンからおいしいアイスクリーム「フロリダ・アイス(Florida Eis)」を紹介。

「フロリダ」とあるので、てっきり米国のものかと思っていた。ところがどっこい、純粋なベルリン産のアイスクリーム。1927年、ベルリンの無声映画館のホールで販売したのが最初だった。

それ以降、手作りのアイスクリームを頑固に貫いている。現在、二酸化炭素の排出を環境全体で増やさない形(カーボンニュートラル)でアイスクリームを生産。将来は、二酸化炭素フリーの生産を目指す。

現在、一般のスーパーでも販売されるようになった。とてもおいしいので、ほっぺたがころりと落ちるの間違いなし。 (2020年5月30日)

老人運動場

老人運動場  老人運動場

新型コロナによる外出制限で、からだを動かす機会が減っている。特に老人は感染すると、重症になる危険がある。そのため、自宅にこもっている人も多い。

ベルリンのある公園に、老人が簡単に運動できる器具が設置されているエリアがあった。そのエリアを「Senioren-Treffpunkt」。「老人集合場所」とでも訳せるだろうか。意図からすれば、「老人運動場」か。

もちろん、だれでも使ってもいいのだろう。人との接触が少なくなる老人にとっては、社交の場でもあるのだと思う。

外出制限の緩和で、老人にとって外出するリスクが高まっている。それによって、老人の自由が逆に制限されるようであってはならない。 (2020年5月23日)

アオサギ

アオサギ

ぼくの住んでいる近くには、ティーアガルテンという大きな公園がある。公園では、野鳥や、リス、ウサギなどの野生動物を見かける。

新型コロナで都市がロックダウンさせられたことで、野生動物をより多く目にするようになったと思う。

写真は、アオサギ。普段も見かけるが、これほど近くで見ることはめったにない。

リスも普段より多く見かける。キツネもうろうろ走っていた。

人間の活動が縮小されたので、動物たちが表に出やすくなったのではないだろうか。 (2020年5月016日)

人出

人出  人出

5月8日は、ドイツ終戦の日。ベルリンにおいてだけ、はじめて休日となった。今のところ、今年1回だけということになっている。

ベルリンでは、ロックダウン(都市封鎖)が次第に解除されている。まもなく、レストランやカフェなども営業できるようになる予定。

それに伴い、外に出る市民も増えてきた。

8日は休日ということもあり、あちこちに市民が集まって、のんびりと休日を過ごしていた。 (2020年5月09日)

ベルリン中央駅

ベルリン中央駅  ベルリン中央駅

ドイツでは、ロックダウン(都市封鎖)が徐々に解除され出してきた。今週はじめらから、一部店舗が営業できるようになった。

ただ、まだ外出は控え、ソーシャルディスタンスをキープして行動しなければならない。

レストランやカフェなど飲食店は、まだ営業できない。

ベルリン中央駅も、まだ閑散としている。

長距離列車は、ほぼ平常通り運転されている。だが、利用する乗客はほとんど見られない。 (2020年5月02日)

ホロコースト記念施設

ホロコースト記念施設

ヨム・ハショア。

ユダヤ教のホロコースト犠牲者を追悼する記念日のことだ。今年は、4月20日から21日にかけてだった。イスラエルではサイレンが鳴り、全市民が黙祷する。

新型コロナの影響で、ホロコースト75年の今年の追悼式典はオンラン式典となってしまった。

ベルリン・ブランデンブルク門横にあるホロコースト記念施設も観光客の姿がなく、閑散としている (2020年4月25日)

遊び場

遊び場  遊び場

新型コロナで、ベルリンではこどもの遊び場も使用できない。

小さなこどもは当然のことながら、ソーシャルディスタンスを守ることができないからだ。

小さなこどもを持つ親たちは在宅で働きながらも、自宅でこどもの相手もしなければならない。

高齢者では、新型コロナで重症になる危険がある。そのため、こどもをおじいちゃん、おばあちゃんに預けるのも避けるよう要請されている。 (2020年4月18日)

ドイツ劇場

ドイツ劇場  ドイツ劇場

新型コロナの影響で、ベルリンでは外出が制限。

コンサートやオペラ、お芝居などの公演も、中止されている。

ここ、ドイツ劇場も公演は行われていない。日中は、チケットを買いにくる人なども見かけるはず。でも劇場前は、閑散としていた。

劇場前に、オレンジ色のゴミ箱があった。劇場の幕が描かれている。その下に、「アンコール!(ZU-GA-BE!)」と書かれている。

早くカーテンコールができるようになればいいが。 (2020年4月11日)

ソーシャルディスタンス

ソーシャルディスタンス

新型コロナの影響で外出制限となっているベルリン。

最低1.5メートルのソーシャルディスタンスをとることが求められる。ソーシャルディスタンスは、スーパーマーケットの店内においても必要だ。

そのため、スーパーマーケットへの入場も制限される。その結果、お店の前に並んで順番がくるのを待たなければならない。

並ぶ時も、人と人の間は最低1.5メートルのソーシャルディスタンスをとる。

これまで、それに文句をいう人もない。平穏に進んでいる。

この状況は、最低4月19日まで続けられる。 (2020年4月04日)

ベルリン散歩

ベルリン散歩

ベルリンでは現在、新型コロナの影響で外出が制限されている。

外出できるのは、食料品を買いに行く時、薬を買いに行く時、医師の診察に行く時、銀行に行く時など。仕事はホームオフィスで処理できない場合だけ、通勤できる。

家族との散歩や、一人でジョギングすることも認められる。友人との散歩は、2人でしかできない。最低1.5メートル離れて歩く。

週末天気がよかったりすると、たくさんの人が散歩に出ている。

シャルロッテンブルク宮殿の庭園でも、散歩を楽しむ市民の姿が結構みられた。 (2020年3月28日)

ベルリン

ベルリン  ベルリン  ベルリン

ベルリンでは、新型コロナウイルスの影響で社会生活が制限されている。

学校は休校、お店は一部を除き閉店を余儀なくされている。

社会的接触を避け、人とグループで会ったりしてはいけない。

政府は、市民に自主的に実行するよう求めている。しかし、政府の要望に耳を傾けない市民がいるのも事実。

でもベルリンでは、観光名所において人の姿をほとんど見かけなくなった。 (2020年3月21日)

ドレスデン空襲

75年前の2月13日から15日にかけ、ドイツ南東部のドレスデンは、4回の空襲を受けた。米軍と英軍がそれぞれ2回空爆した。

投下された爆弾は、東京大空襲の時よりも多かったとされる。

写真左のノーラさんは、13歳の時ドレスデンで大空襲を体験した。

写真右は、スペイン・ゲルニカからきたフアンさん。ゲルニカは、第二次世界大戦のはじまる前の1937年にナチス・ドイツに空爆された町だ。

ドレスデンとゲルニカは、フアンさんのイニシアチブで22年前に交流を開始。和解への道を歩みはじめた。 (2020年3月14日)

フリードリヒ大王

フリードリヒ大王は、18世紀にプロイセン王として君臨した。音楽好き、美食家としても知られる。

大王は、休耕地でジャガイモを普及させた「ジャガイモ王」でもある。大王のおかげで、ジャガイモは現在、ドイツの主食のようになっている。

先日、宗教改革ルターの町ヴィッテンベルクで「ジャガイモハウス」というレストランに入った。

レストラン入り口横の壁には、しっかりと「ジャガイモ王」フリードリヒ大王のイラストが描かれていた。

もちろん、ジャガイモ料理を食べた。  (2020年3月07日)

デムニク

デムニク  デムニク  デムニク

「つまずきの石」をはじめたのは、芸術家グンター・デムニクさん。強制収容所に送られた個人の記憶を伝えます。

はじめて、石を埋めたのは1996年。ベルリンでした。これまで埋めた石は、7万5000個を超えました。ドイツをはじめ、ヨーロッパ全域に渡っています。

でも、石をまったく受け入れてくれない地域もあります。ドイツでもミュンヒェンでは、ユダヤ人協会が石が踏まれるからダメだとしています。

デムニクさんは、いいます。石が地面に埋め込まれているから、人は頭を下げて見るのだと。

それは、犠牲者に許しを請うことであり、敬意を表することでもあるのです。 (2020年2月29日)

つまずきの石

つまずきの石  つまずきの石  つまずきの石

「つまずきの石」は家の前に埋められ、その家から強制収容所に送られた個人について記録する。

それをはじめたのが、芸術家デムニクさん。今回、つまずきの石を寄付したのは、クルークさんだ。

クルークさんがこどもの頃住んでいた家の前に、当時の隣人の記録を残そうと思った。クルークさんは、こう説明する。

今回埋められたのは、5つの石。デムニクさん自らが石を埋めた。

クルークさんの目には、涙が浮かんでいた。 (2020年2月22日)

シロウ船長

昨日2月14日は、ヴァレンタインデーだった。

あまり商業ベースに派手な売り込みをしないドイツ。「義理チョコ」というようなことばも、聞いたことがない。

ベルリンのヨーロッパセンターには、ヴァレンタインデーにカップルが座ってツーショットで写真を撮る赤いソファーが置かれていた。

「新婚さん、いらっしゃーい!」という感じ。

でもこの年になると、ちょっとそこに座って「チーズ」というのも恥ずかしい。 (2020年2月15日)

シロウ船長

運河に接岸されている船は、レストラン「シロウ船長」。

この冬は暖かいとはいえ、船の上で食事をするのはまだ寒い。1月と2月だけは、予約があれば船内で人数を限定して営業するという。

その他の季節では、週末は朝食からサービスされる。結婚式や誕生日のパーティなどにも人気がある。

料理のメインは、やはり魚料理。魚は、釣った魚という売り込み。肉料理は、ベルリン風の料理とか。

場所は、6月17日通りのシャルロッテンブルク門すぐ横。Sバーンのテーアガルテン駅から歩いて5分。 (2020年2月08日)

慰安婦地獄絵

慰安婦地獄絵  慰安婦地獄絵  慰安婦地獄絵

ベルリンでは今、フィリピンの「慰安婦」被害者レメディオス・フェリアスさんが自分の体験を描いたキルト作品が展示されている。

フィルピンでは、被害者の多くがすでに亡くなっている。生存者は、もう2人しかいないともいわれる。

レメディオスさんも、すでに亡くなっている。日本人に「慰安婦」の現実を知ってもらたいと、亡くなる前にこのキルト作品を日本人女性ジャーナリストに託したという。

展示は、ドイツコリア協会で2月15日まで。 (2020年2月01日)

ホロコースト体験語り部

ホロコースト体験語り部  ホロコースト体験語り部

フランツ・ミヒァルスキーさん85歳。カトリック教徒の父とユダヤ人の母の間に生まれた。

母は、身の安全を守るため、カトリック教徒に改宗。フランツさんも洗礼を受けた。

しかしフランツさんは、母とともにゲシュタボに追われ続ける。各地で母と子を助けてくれる人たちに出会い、終戦を迎えた。

フランツさんは、自分の逃亡体験を語り続けてきた。数年前、脳梗塞を患う。それ以降、うまくしゃべることができない。連れ合いのペトラさんが、代わりにフランツさんの体験を語っている。

1月27日はアウシュヴィッツ解放の日。解放後75年となる。 (2020年1月25日)

木の芽

木の芽  木の芽

この冬は、これまでとても暖かい。

ベルリンでは、最低気温が零下にまで下がった日がほとんどない。

わが家のベランでは、マーガレットの白い花がまだ咲き続けている。ティーアガルテン公園でも、木々がもう新芽を出しはじめた。

心配なのは、これから急に寒くなって零下になると、新芽を出した木がだめになること。

木々についた虫も暖かいので、死なないでついたままになっている。春になると、木が虫で枯れてしまうのも心配だ。 (2020年1月18日)

列車内に犬

列車内に犬

デュッセルドルフからベルリンに戻る時、ドイツ新幹線ICEの車内にワンチャンが心地よく同乗していた。

ドイツでは、犬を車内に連れてくるのは禁止されていない。

大きな餌入れは、飼い主が持参したもの。水が入っていた。

一時、横の席に乗客が座った。ワンチャンは興奮するでもなく、おとなしく飼い主の座席の下に移動していた。

犬は一度も吠えることもな、乗客車も犬を怖がるでもない。 (2020年1月11日)

2019年

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ベルリンでは、毎年元旦に走り初めが行われる。

ベルリン中心にあるウンター・デン・リンデン通りを、ブランデンブルク門から往復で10キロメートル走る。

ただ誰にでも参加できるように、途中でブランデンブルク門に戻るコースもある。

参加者は、「2020」と書かれたゼッケンをつけて走るだけ。タイムは測定されない。

車のいない大通りをゆっくり走って、新年を満喫する。 (2020年1月04日)

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