2021年7月24日更新
ベルリーナールフト

「ベルリーナールフト(Berliner Luft)」は、ベルリン生まれの作曲家パウル・リンケが作曲した国民の音楽。『ベルリン市の歌』といってもいいほど、ベルリンに密着している。一般市民層のために音楽を書き続けたリンケならではのメロディーだ。


毎年6月に日本でも放送されるベルリン・フィルの野外コンサートでは、いつも一番最後に演奏されるおなじみの局だ。直訳すると、「ベルリンの空気」ということ。


このコーナーでは、ベルリンのあちらこちらから、日常の写真でベルリンの香りを届けます。


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ベルリン王宮

ベルリン王宮  ベルリン王宮  ベルリン王宮

元ベルリン王宮の外壁を再建してつくった総合文化施設「フンボルトフォーラム」が2021年7月20日、オープンした。建物自体は昨年末に完成していたが、コロナ禍で建物はまだ公開されていなかった。

開館後、100日間は入場無料。だた展示と日によっては、事前に入場時間の指定されたチケットを入手しておいたほうがいい。館内では現在、FFP2マスクなど医療マスクの着用が義務つけられる。

展示はすべて、オープンされているわけではない。植民地主義時代にドイツがアフリカなどで集めた文化財は、9月に公開される。

施設は単なる博物館ではなく、国際文化と科学について交流、対話する場として、いろいろなイベントも企画される。 (2021年7月24日)

パスポート

パスポート  パスポート  パスポート

パスポートは、中世からあったのだそうだ。近代になって国家があちこちに誕生すると、パスポートの数が俄然増えた。

パスポートは、どの国に所属するかを証明するものだと思われている。でもパスポートを持っているのは、パスポート発行国が自分を保護してくることを保証することでもある。

逆にパスポートを持っていることで、差別や追放、迫害される対象となる危険もある。ナチスの時代には、パスポートにユダヤ人だと記述され、ユダヤ人は迫害された。

パスポートが、歴史の一コマを語るものであるのは間違いない。そういえば、ぼくの昔のパスポートは、東ドイツのスタンプだらけだった。 (2021年7月17日)

ベルリンの運河

ベルリンの運河  ベルリンの運河

ベルリンは、水の街でもある。周辺に湖がたくさんある。街の中心には、シュプレー川も流れる。それぞれがさらに、運河でつながっている。

写真のラントヴェーア運河は、産業革命後に増えた物資輸送を緩和するため、19世紀前半に計画された。シュプレー川を迂回する運河だ。

「ラントヴェーア(Landwehr)」とは、元々は中世の国境防塞の意。ラントヴェーア運河は、当時シュレージエン門とハレ門の間にあった外壁の堀に由来するという。

全長10キロメートル余り。ただ現在、船は運河の一部しか通行できない。写真のようにカヌーや手で漕ぐボートなどであれば、利用できる。 (2021年7月10日)

ガス灯

ガス灯  ガス灯  ガス灯

ベルリン中心の公園ティーアガルテンに、ガス灯の屋外博物館がある。ドイツ各地にあったガス灯が集められ、公園の一角に並んでいる。

ガス灯の支柱には、どこからきたものか書かれたプレートもつけられている。灯っているガス灯もある。

問題は、屋外にあること。バンダリズムの危険にさらされている。よくガス灯のガラスが割られている。修理のために、ガス灯が取り外されていることも多い。

ガラスのなくなったガス灯では、野鳥が巣をつくっている。

場所は、Sバーンのティーアガルテン駅ツォー寄りの出口から数分のところ。 (2021年7月03日)

リーゼン橋

リーゼン橋  リーゼン橋  リーゼン橋

こんなさびだらけの橋が、道路の上に残っていていいのだろうか。網で保護されているとはいえ、危険ではないのか。

「リーゼン橋」という。都市鉄道Sバーンの鉄橋として使われていた。

「リーゼン通り」にあるからそう命名された。「リーゼン」は人名に由来するという。19世紀終わりに建設され、東西ベルリンの国境線にあった。さびた橋は、東ベルリン側に位置していた。

史跡保護物件に指定されているので、そう簡単には撤去できないらしい。

周辺の住民グループも、歩行者と自転車用に解放して残してほしいと嘆願している。 (2021年6月26日)

はね橋

はね橋  はね橋  はね橋

ベルリンの中心に、こんなはね橋があるとは思ってもいなかった。外務省の裏にある。

1798年にできたもの。ベルリンに残存する橋では、最古の橋だという。

橋を見ると、橋を引き上げるのが当時、手動だったことがわかる。

「処女橋」というのだそうだ。そのいわれには、いくつも説があるらしい。

その中で一番それらしいのは、ベルリンでは当時、知らない女性のことを「処女」と呼んだとかで、近くに住む二人の少女が自分でつくったアクセサリーを売りに、この橋をよく渡っていたからというもの。 (2021年6月19日)

水上の家

水上の家  水上の家  水上の家

ベルリンは、水の街でもある。周辺には、たくさんの湖がある。市内でも、あちこちに川や運河が走っている。

暖かくなると、水遊びを楽しむ市民も多い。

ヨットや豪華なボートを走らせる人。水上の小屋で余暇を楽しむ人などなど。水上の小屋にもエンジンがついており、川や運河を走っていることもある。

ぼくは、写真のように、水の上でのんびりするのが最高の贅沢だと思う。

トレプトウ公園向かい側のルムメルスブルク湖と、それにつながるシュプレー川では、水上の小屋がいくつも浮かんでいた。 (2021年6月12日)

ツバメ

ツバメ  ツバメ  ツバメ

ベルリン郊外にあるグリープニッツ湖駅の駅舎天井に、ツバメの巣がいくつもある。

いつもこの頃は産卵期で、ツバメが毎年、巣に戻ってくる時期だ。この時はまだ、ヒナはいなかった。

小さな駅舎なので、洞窟のように感じるのかもしれない。

天井には梁が何本もあり、巣は天井と梁、あるいは天井の壁の角にできている。

ツバメは小さな駅舎の出入り口を通り抜けて、外に出たり、巣に戻ったりしていた。 (2021年6月05日)

ハンカチノキ

ハンカチノキ  ハンカチノキ  ハンカチノキ

今、ハンカチノキの花が満開である。

幅広の大きな花を咲かせることから、ハンカチノキといわれる。広い花びらのように見えるが、苞葉といい、葉が変形したものらしい。

ドイツ語でもTaschentuchbaumといい、訳すとハンカチの木だ。

原産は中国らしい。珍しい木であまり知られていない。写真を撮っている時も通りがかりの人に何という木か何回も聞かれた。

ベルリンでは、中心街の公園ティーアガルテンとベルリン植物園にある。ベルリンでそれ以外にあるところがあれば、教えていただきたい。 (2021年5月29日)

イノシシのオブジェ

イノシシのオブジェ  イノシシのオブジェ  イノシシのオブジェ

写真に写っているのは、なーんだ?

ドイツでは今、白アスパラが最高の時期。ベルリンで食べることのできる白アスパラの中では、ベルリンの南に位置するベーリッツ産の白アスパラが一番。

ベルリンから車で約1時間。ベーリッツにある白アスパラ農場の一つで、白アスパラを食べようと思った。

農場は、農業や自然をベースにしたテーマパークのような感じ。シカやイノシシなども飼育されている。

その一角に、木でつくられた大きなイノシシのオブジェがあった。 (2021年5月22日)

ベルリンオリンピックスタジアム

ベルリンオリンピックスタジアム  ベルリンオリンピックスタジアム  ベルリンオリンピックスタジアム

1936年ベルリンオリンピックのメイン会場だったベルリンオリンピックスタジアム。ナチ時代の典型的な建築物だといっていい。

このスタジアムが再び、オリンピック会場となることはもう考えられない。市民がオリンピックを望まないと思う。

ベルリンは2000年オリンピックに立候補した。でもシドニーに負ける。その時もベルリンでは、かなり激しい反対運動があった。

今東京では、コロナ禍でオリンピックを開催するかどうかで揺れている。

ぼくは開催を最終決定するのは、IOCでもなければ、東京都でも日本政府でもないと思う。一番影響を受ける市民、特に東京都民だ。

今からでも遅くない。早急に国民投票をしてほしい。ネットを駆使すれば、短期に安全で確実な投票ができるのではないか。 (2021年5月15日)

ベルリンの虹

ベルリンの虹  ベルリンの虹  ベルリンの虹

ベルリンではここのところ、寒くて不安定な天候が続いています。5月生まれの知人が、生まれてはじめて誕生日に雪が降るのを見たといっていたのが印象的です。

この週末になり、ようやく春らしく暖かくなるようです。ただそれが、どれだけ続くのか。それが問題です。

ここ数日は風も強く、帽子を何回飛ばされたかわかりません。

天候が不安定で、雨が降ったりやんだり、急に太陽が出てきたりと、そのテンポも早い。その時、ふとアパートの窓から虹が出ているのに気付きました。

虹が、きれいに空に円弧を描いています。すぐに、もう一つも出てきました。でもその虹は薄い。

虹は次第に幅を広くし、色を濃くしていきます。 (2021年5月08日)

ベルリンの壁の今

ベルリンの壁の今  ベルリンの壁の今  ベルリンの壁の今

写真は、ルイーゼンシュタット地区からクロイツベルクの方向に向かって撮ったものです。最初の写真において、何か違いに気づきませんか。

そうです。向かって左の建物が古いのに対し、右側にはモダンな建物しかありません。なぜでしょうか。

実は、左側の建物は旧西ベルリンに位置し、そのすぐ手前にベルリンの壁がありました。その壁から右のエリアは、「死のゾーン」といわれた国境設備のあった空き地でした。壁崩壊後、新しい建物が設置されます。だから、建物がモダンなのです。

3枚目の写真の奥に橋があり、車が駐車されています。そこでベルリンの壁は、右に曲がり、そのまま右の方向に続いていました。写真奥が、旧西ベルリンだったということです。ここは、国境地帯となる前は運河でした。だから、橋があります。現在、バラ園になっています。

最後の写真は、そのバラ園から旧東ベルリンのルイーゼンシュタット地区に向かって撮りました。真ん中に、聖ミカエル教会が見えます。池は天使の池といわれ、壁崩壊後に整備され、こういう形になりました。 (2021年5月01日)

ベルリン自由大学の桜

ベルリン自由大学の桜  ベルリン自由大学の桜  ベルリン自由大学の桜

ベルリン自由大学のキャンパス横を通ると、桜の花が満開に咲いていた。満開というよりは、すでに花びらが散りはじめていた。

本来、学生が行き来し、たむろする広場。でも、学生の姿が見当たらない。コロナ禍で、大学の授業はオンランで行われている。

ドイツではこれから、サクランボ(チェリー)の季節となる。粒の大きい、甘酸っぱいサクランボが店頭に並ぶ。

ただ、今年のドイツの春は寒い。深夜はまだ零下だ。この寒さで桜の花がやられると、サクランボはもうならない。そのため桜畑では今、深夜に焚き火をしているという。 (2021年4月24日)

ベルリンの壁

ベルリンの壁  ベルリンの壁  ベルリンの壁

ベルリン中央駅から北に歩いて10分くらいのところに、インヴァリーデン墓地がある。18世紀後半にできたベルリンでも最も古い墓地の一つだ。

墓地は、東西ベルリンの国境線にあった。東ドイツによる国境警備のため、たくさんの墓石が破壊された。墓地のレンガ造りの壁もベルリンの壁として利用するため、その壁の上にさらに塀を取り付けていたという。

墓地の内側には、さらに壁がある。それも、当時のベルリンの壁の一部だ。現在、修復後、保存されている。

破壊された墓石の多くは、修復されていない。墓地には、第一次大戦とナチス時代の軍人やSS将校の墓石があったからだ。それを修復すると、右翼や極右派の巡礼地になりかねない。

ベルリン中央駅北側は今、新しい開発地域となっている。元東西ベルリンの国境だった運河では、黄色の新しい歩道橋が建設中だった。 (2021年4月17日)

ベルリン市内の港

ベルリン市内の港  ベルリン市内の港  ベルリン市内の港

ベルリンに内陸河川交通のための港がいくつもあるのは、すでにベルリーナールフトでも取り上げた。今回は、その一つの西港(Westhafen)。

1900年に設置計画がはじまり、第一次大戦で中断した後、1920年代に完成したベルリン最大の港施設だ。

戦後1950年代には、冷戦による西ベルリン封鎖の経験から、港の倉庫で食料品や石炭などの燃料が緊急時に備えて保管されていた。

ドイツ統一後はその必要がないので、ベルリンの博物館や図書館の所蔵品の保管倉庫などとしても利用されている。

現在コロナ禍で運行できない遊覧船がいくつも、港に停泊していた。 (2021年4月10日)

ヴァンゼー散歩から

ヴァンゼー散歩から  ヴァンゼー散歩から  ヴァンゼー散歩から

ベルリンでは長いロックダウンで、外出するのはスーパーに買い物にいくのと、ジョギングか散歩くらいしかない生活が続いている。

先日、ベルリン郊外にあるヴァンゼーという大きな湖の湖畔近くを散歩した。

春になって、いつもライダーの集まる高速の休憩所にライダーがたくさん集まっているのでびっくり。マスクもしていない。

湖でヨット遊びするのは、コロナ禍では何といっても安全か。

散歩した辺りは、高級邸宅のあるエリア。通りの住宅番号を示す標識は、豪華そのものだった。 (2021年4月03日)

ワクチンセンター

ワクチンセンター  ワクチンセンター  ワクチンセンター

コロナウイルスに対するワクチンの接種では、ドイツは後手に回っている。ワクチンの入手に手こずり、接種が思うように進んでいない。

それでも、ベルリンのワクチンセンターの一つでは、ワクチン接種を受ける人たちでごった返していた。ここでは、バイオンテック/ファイザーのワクチンだけが接種される。

現在接種されているのは、ほとんどが75歳以上や80歳以上の高齢者ばかり。

ワクチンセンターへの往復は、タクシーを使ってもいい。タクシーを利用する場合、タクシー券が配給される。ワクチンセンターの駐車場には、タクシーがたくさん並んでいた。 (2021年3月27日)

春の雪の花

春の雪の花  春の雪の花

今日は、春分の日。ドイツ語では、「春のはじまり」という。

ベルリンではここのところ、寒い日が続いている。最低気温は零下で、日中も10度どころか5度にならない日が多い。昨日の朝は、雪も降った。

でも自然では、春の声が聞こえている。「春の雪の花」ともいわれる花が、雪にも負けず、あちこちに咲いている。

最初の白い花が「セツブンソウ(Winterling)」、次が「スイセン(Osterglocken)」、最後の黄色い花は「キバナセツブンソウ(Winterling)」だと思う。 (2021年3月20日)

つぶれた店舗

つぶれた店舗  つぶれた店舗  つぶれた店舗

ベルリンでは今週から、事前に予約がしてあればお店で買い物ができるようになった。一部が緩和されているとはいえ、コロナ禍でロックダウンが続いている。

ロックダウンは昨年11月から続く。すでに5カ月目に入った。

街中を歩くと、その影響が目につくようになった。カント通りを歩くと、あちこちにつぶれて閉店している店舗が目立つ。 (2021年3月13日)

田中路子墓石

田中路子墓石  田中路子墓石

写真は、田中路子さんと連れ合いのヴィクトーア・デ・コーヴァさんの墓石。ベルリンの名誉墓石となっている。

路子さんは日本人女優、声楽家として、戦前と戦後にウィーンやベルリンの社交界で活躍した。国外で活躍した日本人女性の先駆者の一人といってもいい。

駆け出しの時に、ベルリンで路子さんのお世話になった音楽家も多い。小沢征爾さんや若杉弘さんなど、名前を挙げるときりがない。

路子さんは当時、日本人音楽家が欧州で活躍するにはなくてはならない存在だった。 (2021年3月06日)

ベルリン王宮

ベルリン王宮  ベルリン王宮  ベルリン王宮

再建されたベルリン王宮が、「フンボルトフォーラム」として総合文化施設になるのはすでに報告した。

ここには東ドイツ時代、「共和国宮殿」といわれる建物があった。東ドイツの人民議会の議事堂があるほか、文化施設として利用されていた。

共和国宮殿はアスベスト汚染問題から、東西ドイツ統一直前の1990年9月に閉鎖。統一ドイツの連邦議会(下院)の決議によって解体されることになった。

解体前、共和国宮殿にあった芸術作品や調度品などが撤去され、保管されていた。その一部がフンボルトフォーラムで展示されている。

その一つが、「エーリヒのランプ」といわれた球状のガラス製ランプだった。エーリヒは、東ドイツのホーネッカー国家評議会議長のファーストネームだ。

ぼくの記憶では、この写真にあるガラスランプがエーリヒのランプだと思う。 (2021年2月27日)

寒いベルリン

寒いベルリン

ベルリンの寒さと雪は今週に入り、終わってしまった。最高気温は10度近くと、春の気配だ。

雪は、あっという間に消えてしまった。

でも雪の後、街はとても汚れている。滑らないように砂をまいたからだ。

雪が降ると、空気がきれいになり、騒音が吸収される。その分寒くても、生活環境がよくなったと感じる。気持ちが落ち着く。

暖かくなった今、そのギャップに苦しんでいる。あの寒さがなつかしい。

だから今回も、あの寒い時の写真を掲載する。 (2021年2月20日)

凍った池

凍った池  凍った池  凍った池

ベルリンではここ1週間、寒い日が続いている。連日、最低気温は零下10を下回る。日中も零下だ。

ベルリン中心にある公園ティーアガルテンでは、池が凍ってしまった。寒波が続いたことから、氷もかなり厚いと見られる。

最初は慎重だった市民。安全とわかると、氷の上でスケートを楽しむ。

アイスホッケーをする人、フィギアスケートもできる人、ただぐるりと滑る人など。

ベルリンでは、コロナ禍でロックダウンは4カ月目に入った。アイスステーションは閉鎖されている。

天気がいいと、市民にとって最高の憩いの場だ。 (2021年2月13日)

雪だるま

雪だるま  雪だるま

ベルリンはここ数週間、天候が不安定。先週末と今週末は雪。珍しく雪が積もった。

コロナ禍のロックダウンで、市民は自宅に閉じこもりがち。雪は、そうした人々の気持ちを外に引きつける。

こどもたちは、公園でそり滑りを楽しむ。あちこちに、雪だるまも見られる。

写真の雪だるまを見てもらいたい。何か気がつかないだろうか。

ドイツでは、雪だるまは3段でつくるのだ。ヨーロッパでも、日本のように2段雪だるまの国もあるらしい。でも、ドイツは3段型。

30年以上もドイツにいて、これまでまったく気づかなかった。 (2021年2月06日)

ホロコースト記念碑

ホロコースト記念碑  ホロコースト記念碑  連邦議会議事堂

1月27日は、アウシュヴィッツ強制収容所が解放された日。ドイツではこの日が、ナチス犠牲者を追悼する日となっている。

ドイツ連邦議会(下院)議事堂において毎年、追悼式典が行われる。強制収容所生存者などがスピーチをする。

この日、議事堂屋根のドイツ国旗が半旗になっていた。

議事堂近くにあるホロコースト追悼記念施設にいくと、一般市民などが置いたと見られる花やローソクが目立つ。

記念施設には、高さの異なる四角い石がたくさん並んでいる。これは、強制収容所の生活を擬似体験してもらうため。

石の間の狭い通路では若い女性が二人、通路に落ちているゴミ拾いをしていた。 (2021年1月30日)

ベルリン王宮

ベルリン王宮  ベルリン王宮  ベルリン王宮

新しく「フンボルトフォーラム」と命名されたベルリン王宮には、まだ入場することができない。コロナ禍で、美術館や博物館などの文化施設が閉鎖されているからだ。

フンボルトフォーラムは現在、オンラインだけでオープンされている。

その展示テーマの一つが、ドイツの植民地主義だ。植民地を支配した国の民族博物館には、植民地時代に”盗んできた”展示品が多いのも事実。フンボルトフォーラムもそうだ。

名目上は、研究目的となっている。でも植民地時代に、現地から許可をもらったとは思えない。許可なく持ってきたものは、元の持ち主に返すのが筋。フンボルトフォーラムのオープンが、”盗品”の返還について議論するきっかけにもなってほしい。

ドイツが植民地時代に”盗んできた”ものの中には、アイヌ人の頭蓋骨もある。

ドイツの植民地主義については、「植民地主義がグローバル化のはしりだった」の記事も参照。 (2021年1月23日)

ベルリン王宮

ベルリン王宮  ベルリン王宮  ベルリン王宮

ベルリン王宮の再建で問題になったことの一つは、正面ドームの上の十字架だった。

再建後は、「フンボルトフォーラム」として総合文化施設となる。民芸博物館や東アジア博物館などから世界各国の展示物が移転してくる。宗教上、いろいろな背景を持ったものが展示される。

それを、旧ベルリン王宮に十字架があったからという理由だけで再び十字架を設置していいのか。十字架があっては、展示物に適さない。賛否両論の議論が展開された。

最終的な結論は簡単だった。

ドーム再建の資金を提供したスポンサーが十字架が必要だと主張。だから、十字架をすえることになる。お金が解決したということだ。

2015年6月に撮影した工事現場の写真は、「ベルリン王宮はだかの姿」にまとめてある。 (2021年1月16日)

ベルリン王宮

ベルリン王宮  ベルリン王宮  ベルリン王宮

ベルリン王宮が再建された。

元々は、ホーエンツォレ家の居城。プロイセン王、その後はドイツ皇帝の居城だった。第二次大戦終戦直前のベルリン空爆で焼ける。

戦後、焼けた王宮は東ドイツ誕生直後の1950年に爆破、撤去された。跡地に、東ドイツの国会議事堂となる共和国宮殿が建設される。

東西ドイツ統一後、共和国宮殿のアスベスト汚染が発覚し、取り壊される。その後、ベルリン王宮の再建話が持ち上がるが、賛否両論の意見があった。

最終的には2007年、連邦議会によって外壁を再現して博物館などの総合文化施設「フンボルトフォーラム」として再建されることが決定された。

2015年6月に撮影した工事現場の写真は、「ベルリン王宮はだかの姿」にまとめてある。 (2021年1月09日)

元旦

元旦  元旦  元旦

ベルリンの元旦は、コロナ禍ではじまった。

ブランデンブルク門では、大晦日のパーティも元旦へのカウントダウン後に打ち上げられる恒例の花火も中止。花火の販売も禁止され、市内では花火禁止地区も規定された。

それでも元旦になると、花火が打ち上げられ、バンバンとかなりの音がしていた。でも例年よりは、俄然静かだった。

こちらでは、元旦に初散歩をする市民が多い。

コロナ禍では、散歩は不要不急でも認められる外出手段。それだけに、例年になくシュプレー川の畔を初散歩する市民も多かった。

2021年元旦のベルリン。 (2021年1月02日)

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