2019年4月20日更新
ベルリーナールフト

「ベルリーナールフト(Berliner Luft)」は、ベルリン生まれの作曲家パウル・リンケが作曲した国民の音楽。『ベルリン市の歌』といってもいいほど、ベルリンに密着している。一般市民層のために音楽を書き続けたリンケならではのメロディーだ。


毎年6月に日本でも放送されるベルリン・フィルの野外コンサートでは、いつも一番最後に演奏されるおなじみの局だ。直訳すると、「ベルリンの空気」ということ。


このコーナーでは、ベルリンのあちらこちらから、日常の写真でベルリンの香りを届けます。


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エコハウス

エコハウス  エコハウス

ベルリンのティーアガルテン横に、ベルリンでも先駆けの「エコハウス」がある。

1980年代後半に建設された。当時エコハウスといえば、この建物の代名詞のようだった。

エコハウスとは、簡単にいえば、環境のことを考えた省エネハウスになっているとでもいるだろうか。

今となっては骨董品のようだが、当時としては最新のソーラーパネルが外壁にはられている。

建築家が何人も勝手に設計して、それを合わせたような集合住宅。なので、パッチワーク住宅のようにも見える。それがまた、当時としては斬新だった。 (2019年4月20日)

女性参政権

女性参政権  女性参政権

ベルリンの街角に、女性が参政権を得て100年となることを記念する大きなポスターがかかっていた(「100年前に女性が参政権を獲得」の記事参照)。

とてもユーモアのあるポスター。ポスターの上部には、ポスターのおばあちゃんが語ったように、「半々にさせなさいよ」とある。

女性の参政権獲得は、ドイツ革命からヴァイマール(ワイワール)共和国が誕生するプロセスにおいて実現した。これは、ドイツで民主主義が確立されていく一つの過程だった。

ちょうど今、ドイツ歴史博物館では「民主主義の本質と価値」という展示会が行われている。これは、オーストリア人ハンス・ケルゼンが1920年に書いた本のタイトルに由来する。

展示会には、当時女性が投票所前に並ぶ写真や、当時の投票箱が展示されていた。  (2019年4月13日)

カフェ

カフェ  カフェ  カフェ

ベルリン郊外のファルケンベルクというところで、村のカフェを見つけた。

カフェは、写真のように農家の長屋の一部にある。中に、粘土でできたソファーストーブ(最後の写真)があることから、カフェは「Lehmsofa(粘土ソファー)」という。

内部には、農家にあった家具や家庭用品などの骨董品も並ぶ。

ケーキは自家製で、簡単な食事もできる。自家製ハーブティーなど、素材もほとんどが自家製か、周りの畑でできたもの。だから、みんな新鮮でおいしい。

暖かくなると、裏にテーブルが並び、外に座ることもできる。 (2019年4月06日)

ベルリンの春

ベルリンの春  ベルリンの春

ベルリンでは今、天候が不順。まだ寒い日の方が多く、コートは手放せない。

でも、全体的に暖かくなっているのは確か。天気のいい日になると、木々が待ってたとばかりに、青い新芽を出しはじめる。

市民も長い冬から解放されたかのように、散歩に出る。のんびりと、芝の上などに座って日光浴もする。

こういう光景を見ると、春になったなと感じる。

冬の長いベルリンでは、健康のために日光浴も大切だ。それによって、体内にビタミンDが生成されるのだ。 (2019年3月30日)

外壁画

ベルリン市内では、あちこちで外壁に描かれた絵に出会う。

この絵は、結構前からあったように記憶する。調べたところ、1989年に外壁画家ゲルト・ノイハウスさんによって描かれたものという。

ゲルトさんは70年代からベルリンで外壁画を描き続け、現在80歳。これまで外壁に描いた作品は、50点以上にのぼる。

建物を破るように出てくる船の名前は、フェニックス号。伝説の不死鳥だ。一目見て、あっと思うような絵が好きというゲルトさん。

外壁画を描くには、4週間から6週間かかるという。 (2019年3月23日)

ユダヤ博物館

ユダヤ博物館  ユダヤ博物館

ユダヤ博物館も、ベルリンの建築の中では有名だ。

これは、ダニエル・リーベスキントが設計したもの。ベルリンの壁が崩壊する前にコンペがあり、リーベスキントの作品が選ばれた。当時としては、斬新な建築だった。

写真は、そのユダヤ博物館の建屋そのものよりも、その外構(外回り)がどうなっているかに関心があって撮った。

長方形のコンクリートブロックは何を意味するのだだろうか。

ぼくは、強制収容所をイメージしたオブジェだと思うが、どうだろうか。 (2019年3月16日)

集合住宅

集合住宅  集合住宅

ベルリンのおもしろさの一つは、建築の宝庫だということ。

ゲーリーやロッシ、ホラインなど、世界的に著名な建築家の作品があちこちにある。建築のノーベル賞ともいわれるプリッカー賞を受賞したばかりの磯崎新の作品もある。

日本でも知られるブルーノ・タウトが1910年代に設計した社会集合住宅群は、ユネスコの世界遺産となっている。ブラジリアの建築物で知られるニーマイヤーも、ベルリンで1950年代にモダンな集合住宅を設計した。

集合住宅群は、国際建築展示会(IBA)の枠内で世界から建築家が集まって建設された。ニーマイヤーやロッシ、ホライン、磯崎の作品は、その枠内で建設されたもの。

写真は、街を歩いていて偶然に見つけた集合住宅。直線だけを使ってとてもシンプルだが、その表現力はすごいと思う。 (2019年3月09日)

ピストンポンプ

ピストンポンプ  ピストンポンプ  ピストンポンプ

写真は、独ボルジヒ社製の二重ピストンポンプ。排水用のポンプなのだという。

もちろん、もう稼働していない。1926年から1990年まで動いていたという。だがポンプ設備が閉鎖され、お役御免となってしまった。

持っていきように困ったベルリン水道局からもらい受け、現在は小さな公園でオブジェのように使われている。

落書きだらけになっているのは、悲しい。ピンプのことについて、現地に何も説明がないのもともて残念だ。

だから、これが何かを知るのにたいへん苦労した。

こうして古くなった産業機械をオブジェとして使うのは、とてもおもしろいアイディアなのだから。 (2019年3月02日)

女性運動家記念碑

女性運動家記念碑  女性運動家記念碑

1919年1月19日、ワイマール共和国の基盤となる国民議会選挙が行われた。その時、女性がドイツではじめて参政権を得た。

その時、37人の女性議員が選出された。議員全体の10%にもならなかった。

その中に、マリー・ユハチがいた。そして1919年2月19日、ユハチは国民議会において女性としてはじめて演説する。

ユハチは演説の冒頭で、「これは、ドイツの古い先入観を乗り越えた革命だ」と述べた。

そのマリー・ユハチの記念碑が、ベルリンにある。記念碑には、「自由、公平、平等、寛容、連帯」と刻まれている。 (2019年2月23日)

ベルリン中央駅

ベルリン中央駅

ベルリン中央駅は、2006年にドイツで開催されたサッカー・ワールドカップに合わせて建設された。全面ガラス張りのモダンな建物だ。

高架ホームが東西に、地下ホームが南北に延びる。線路が構内で十字に交差する珍しい駅だ。

高架ホーム上のガラス屋根には、太陽光パネルが設置されている。発電された電気は公共の送電網に送られ、売電されている。

写真の列車は、ドイツの新幹線に相当するICE。列車先頭のガラスには、その太陽光パネルが写っている。

駅を運用するドイツ鉄道によると、駅に必要な電気は、今年2019年末までにすべて再生可能エネルギー化する予定という。 (2019年2月16日)

風車

風車

ベルリンの主要駅の一つヅュート・クロイツ(南十字)駅には、風車が2基設置されている。設置されているのは、駅のパーキングハウスの屋根。

これは、ダリウス型といわれる小型風力発電機だ。縦に取り付けられた羽で風を受けて発電する。

こうした小型の風力発電機は、都市など風の安定しない場所に設置するのに適している。風向きに関係なく風車が回るほか、強風でも騒音を出さないとされるからだ。

ただ屋根に設置するには、人が近づけないようにするなど安全を確保しなければならない。

都市部でこの種の小型風力発電機が増えていくのかどうかは、今後まだ見ていかなければならない。 (2019年2月09日)

ヨットクラブ

写真は、1910年に建設されたヨットクラブのクラブハウスだ。そのごっつい感じは、ナチスの時代を思わせないでもない。でもこれは、イギリス風のスタイルで設計されたものだという。

ヨットクラブは、1867年10月に設立された。ドイツで2番目に古いヨットクラブだ。ドイツ帝国最後の皇太子ヴィルヘルムもクラブに出入りしていたという。

クラブの会員が1000人以上にもなるというから、大きなクラブだ。こどものトレーニングもできるという。

ところで、こども用の小型ヨットのクラスを「Optimist(楽観主義者)」という。

一番最初にヨットについて習うので、ヨットの免許を取得できると楽観的にはじめてもらおうと、そういうのだということだが。。。 (2019年2月03日)

青少年デモ

青少年デモ  青少年デモ  青少年デモ

ドイツでは昨日(2019年1月25日)から経済省内で 、脱石炭の日程を最終的に決める会議が行なわれている。

大人にとっては、石炭をできるだけ長く使って既得権益を守ることに関心がある。石炭後の構造改革のため、できるだけたくさんの助成金も獲得したい。

環境がどうなるか、市民の健康にどういう影響があるかは、二の次だ。

でも、残される世代にとってはそうではない。自分たちがこれから生きる環境を守り、きれいな地球を守ってほしい。ここに、世代間の関心の違いがある。

ベルリンの経済省前では、小学生や中学生、高校生、大学生など若い世代が授業を抜け出し、脱石炭を求めて大人の政策に抗議した。

主催者は、1万人以上集まったとしている。 (2019年1月26日)

地下鉄駅

地下鉄駅  地下鉄駅  地下鉄駅

ローザ・ルセンブルク広場駅は、ベルリンの地下鉄2号線の駅。1913年にオープンした。当初は、シェーンハウス門駅といった。

ナチス時代、ナチスの英雄にちなみ、ホルスト・ヴェッセル広場駅と改名される。

戦後、すぐにシェーンハウス門駅に戻る。だが東西ドイツが成立すると、東ドイツ側が1950年メーデーの日にルクセンブルク広場駅、1978年にローザ・ルセンブルク広場駅と改名する。

駅構内は1960年代終わりに改造され、現在のように黄色のタイルとなる。

ローザ・ルセンブルクは、ドイツ共産党創立者の一人。100年前の1919年1月15日、右翼らによる反革命義勇軍に拘束され、殴り殺された。 (2019年1月19日)

地下鉄駅

地下鉄駅  地下鉄駅  地下鉄駅

ベルリンの地下鉄3号線と7号線の駅、フェーアベリン広場駅は、1913年にオープンした。当時は写真のように、現在の3号線のホームのようだったという。

現在の7号線が1960年代終わりに開通する時、駅は大幅に改造された。だが、1913年当時のデザインは、写真のように今も3号線ホームに残されている。

3号線のホームで特徴的なのは、19世紀後半から20世紀はじめに活躍した画家で、写真家のハインリヒ・ツィレの写真がホームの壁に展示されていることだ。

ツィレはベルリンで生活し、ベルリンの一般市民の生活を批判的に描き続けた作家だった。 (2019年1月12日)

グリーニッケ橋

グリーニッケ橋

グリーニッケ橋の真ん中には、ベルリン市とポツダム市の境界線が通っている。それが、ドイツが統一される前は東ドイツと西ベルリンとの国境線でもあった。

橋は当時、西ベルリンを管轄する連合軍の下で管理されていた。

そして橋は、冷戦時代に米国とソ連のスパイなどが交換された場所としても知られる。

橋はベルリンの壁の崩壊に伴い、1989年11月10日18時に開放され、一般市民も通れるようになる。

写真は、最初の写真がポツダム側(旧東ドイツ)側から、次の写真が旧西ベルリン側から撮った。 (2019年1月05日)

新年花火

新年花火

ベルリンでは新年に入ると、大晦日のパーティが行われていたブランデンブルク門周辺で恒例の花火が打ち上げられた。

街のあここちでも花火が打ち上げられるが、例年よりも少なかったように感じる。花火の規制が厳しくなったことの影響かもしれない。

それでも地元メディアの報道によると、年末年始にかけてベルリンでは花火によって130件ほどの火災が発生したという。

その他の騒動も例年よりも少なく、警察当局は静かに平和に新年に入ったとしている。 (2019年1月01日)

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