2019年2月09日更新
ベルリーナールフト

「ベルリーナールフト(Berliner Luft)」は、ベルリン生まれの作曲家パウル・リンケが作曲した国民の音楽。『ベルリン市の歌』といってもいいほど、ベルリンに密着している。一般市民層のために音楽を書き続けたリンケならではのメロディーだ。


毎年6月に日本でも放送されるベルリン・フィルの野外コンサートでは、いつも一番最後に演奏されるおなじみの局だ。直訳すると、「ベルリンの空気」ということ。


このコーナーでは、ベルリンのあちらこちらから、日常の写真でベルリンの香りを届けます。


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ベルリン中央駅

ベルリン中央駅

ベルリン中央駅は、2006年にドイツで開催されたサッカー・ワールドカップに合わせて建設された。全面ガラス張りのモダンな建物だ。

高架ホームが東西に、地下ホームが南北に延びる。線路が構内で十字に交差する珍しい駅だ。

高架ホーム上のガラス屋根には、太陽光パネルが設置されている。発電された電気は公共の送電網に送られ、売電されている。

写真の列車は、ドイツの新幹線に相当するICE。列車先頭のガラスには、その太陽光パネルが写っている。

駅を運用するドイツ鉄道によると、駅に必要な電気は、今年2019年末までにすべて再生可能エネルギー化する予定という。 (2019年2月16日)

風車

風車

ベルリンの主要駅の一つヅュート・クロイツ(南十字)駅には、風車が2基設置されている。設置されているのは、駅のパーキングハウスの屋根。

これは、ダリウス型といわれる小型風力発電機だ。縦に取り付けられた羽で風を受けて発電する。

こうした小型の風力発電機は、都市など風の安定しない場所に設置するのに適している。風向きに関係なく風車が回るほか、強風でも騒音を出さないとされるからだ。

ただ屋根に設置するには、人が近づけないようにするなど安全を確保しなければならない。

都市部でこの種の小型風力発電機が増えていくのかどうかは、今後まだ見ていかなければならない。 (2019年2月09日)

ヨットクラブ

写真は、1910年に建設されたヨットクラブのクラブハウスだ。そのごっつい感じは、ナチスの時代を思わせないでもない。でもこれは、イギリス風のスタイルで設計されたものだという。

ヨットクラブは、1867年10月に設立された。ドイツで2番目に古いヨットクラブだ。ドイツ帝国最後の皇太子ヴィルヘルムもクラブに出入りしていたという。

クラブの会員が1000人以上にもなるというから、大きなクラブだ。こどものトレーニングもできるという。

ところで、こども用の小型ヨットのクラスを「Optimist(楽観主義者)」という。

一番最初にヨットについて習うので、ヨットの免許を取得できると楽観的にはじめてもらおうと、そういうのだということだが。。。 (2019年2月03日)

青少年デモ

青少年デモ  青少年デモ  青少年デモ

ドイツでは昨日(2019年1月25日)から経済省内で 、脱石炭の日程を最終的に決める会議が行なわれている。

大人にとっては、石炭をできるだけ長く使って既得権益を守ることに関心がある。石炭後の構造改革のため、できるだけたくさんの助成金も獲得したい。

環境がどうなるか、市民の健康にどういう影響があるかは、二の次だ。

でも、残される世代にとってはそうではない。自分たちがこれから生きる環境を守り、きれいな地球を守ってほしい。ここに、世代間の関心の違いがある。

ベルリンの経済省前では、小学生や中学生、高校生、大学生など若い世代が授業を抜け出し、脱石炭を求めて大人の政策に抗議した。

主催者は、1万人以上集まったとしている。 (2019年1月26日)

地下鉄駅

地下鉄駅  地下鉄駅  地下鉄駅

ローザ・ルセンブルク広場駅は、ベルリンの地下鉄2号線の駅。1913年にオープンした。当初は、シェーンハウス門駅といった。

ナチス時代、ナチスの英雄にちなみ、ホルスト・ヴェッセル広場駅と改名される。

戦後、すぐにシェーンハウス門駅に戻る。だが東西ドイツが成立すると、東ドイツ側が1950年メーデーの日にルクセンブルク広場駅、1978年にローザ・ルセンブルク広場駅と改名する。

駅構内は1960年代終わりに改造され、現在のように黄色のタイルとなる。

ローザ・ルセンブルクは、ドイツ共産党創立者の一人。100年前の1919年1月15日、右翼らによる反革命義勇軍に拘束され、殴り殺された。 (2019年1月19日)

地下鉄駅

地下鉄駅  地下鉄駅  地下鉄駅

ベルリンの地下鉄3号線と7号線の駅、フェーアベリン広場駅は、1913年にオープンした。当時は写真のように、現在の3号線のホームのようだったという。

現在の7号線が1960年代終わりに開通する時、駅は大幅に改造された。だが、1913年当時のデザインは、写真のように今も3号線ホームに残されている。

3号線のホームで特徴的なのは、19世紀後半から20世紀はじめに活躍した画家で、写真家のハインリヒ・ツィレの写真がホームの壁に展示されていることだ。

ツィレはベルリンで生活し、ベルリンの一般市民の生活を批判的に描き続けた作家だった。 (2019年1月12日)

グリーニッケ橋

グリーニッケ橋

グリーニッケ橋の真ん中には、ベルリン市とポツダム市の境界線が通っている。それが、ドイツが統一される前は東ドイツと西ベルリンとの国境線でもあった。

橋は当時、西ベルリンを管轄する連合軍の下で管理されていた。

そして橋は、冷戦時代に米国とソ連のスパイなどが交換された場所としても知られる。

橋はベルリンの壁の崩壊に伴い、1989年11月10日18時に開放され、一般市民も通れるようになる。

写真は、最初の写真がポツダム側(旧東ドイツ)側から、次の写真が旧西ベルリン側から撮った。 (2019年1月05日)

新年花火

新年花火

ベルリンでは新年に入ると、大晦日のパーティが行われていたブランデンブルク門周辺で恒例の花火が打ち上げられた。

街のあここちでも花火が打ち上げられるが、例年よりも少なかったように感じる。花火の規制が厳しくなったことの影響かもしれない。

それでも地元メディアの報道によると、年末年始にかけてベルリンでは花火によって130件ほどの火災が発生したという。

その他の騒動も例年よりも少なく、警察当局は静かに平和に新年に入ったとしている。 (2019年1月01日)

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