2020年10月05日掲載 − HOME − 小さな革命一覧 − 記事
上から見られる東ドイツ社会

ドイツ語に「Vormundschaft」というこどばがある。元来法律用語で、日本語で「後見」という意味だ。こどもが親の保護を受けることができない場合や、成人が自分で判断できない場合などに、信頼できる人がそういう人たちを保護、代理することをいう。


このことばが、東西ドイツ統一後に東西ドイツの関係をいう時にもよく使われる。


ただ、法律用語としてではない。西ドイツが東ドイツを保護、代理するということでもない。西ドイツ側が東ドイツの実情を知らないまま、西側では当然な資本主義の先入観から、東ドイツのことを評価、判断することなどをいう。


要は、西ドイツ市民が「先生気分」で、何でも知っているかのように、上から目線で東ドイツを見て、東ドイツ市民を教授しようとするという意味で使われる。


東西統一後30年経った今、西ドイツでは、東ドイツ市民を社会主義独裁体制の下で暮らした市民、あるいは今は、極右政党ドイツのための選択肢の支持率が高いので、極右的な市民というレッテルを貼ってしか見ていない市民が多いと感じる。


ぼくは東ドイツで暮らしていたので、一般の西ドイツ市民よりも東ドイツのことをよく知っている。そのぼくから見ると、東西ドイツ統一30年は「Vormundschaft」の歴史だったとしか思えない。東ドイツ市民の多くが自分たちを「二流」と感じるのは、この西ドイツ側の「Vormundschaft」的な態度によるところが非常に大きいと思う。


これは、経済が破綻していた東ドイツを救ったのは西ドイツで、統一後たくさんの資金が西ドイツから東ドイツに移転されたとだけ思っている西ドイツ市民が多いことからもわかる。


でも、その資金源となる連帯税が東西ドイツの納税者によって負担されていたのが、まったく忘れられている。その資金を使って東ドイツでインフラが整備されても、その工事を受注して利益を上げたのが西ドイツの企業だったのも忘れられている。


第三者のぼくの目からすれば、統一プロセスは同等のプロセスではなく、西ドイツの経済と社会を守るためのプロセスでもあった。それを、西ドイツ市民の多くは理解していない。


統一後のドイツメディアにおいても、東ドイツについて報道されることは、西ドイツ側の目線からのものばかりだったといわなければならない。ぼくでさえそう思うのだから、当事者の東ドイツの市民にとっては、「そんなことはない」、「それはフェイクだ」と思うことが多々あったと思う。


ドイツのメディアにおいて、東ドイツ市民の視点から見た報道が登場しはじめるのは、昨年のベルリンの壁崩壊30年を前後する頃になってからだった。たとえば、先に紹介した「わたしたち東ドイツ市民(Wir Ostdeutsche)」(2020年9月28日放映)というテレビ・ドキュメンタリーのように、東ドイツ市民の気持ちをそのまま伝える番組は、数年前までは考えられなかった。


ドイツメディアにおいてここにきてようやく、「これまで通りの西側目線の報道ではダメ」と感じられはじめてきたのだと思う。


第一チャンネルの夜のニュース番組「今日のテーマ(Tagesthemen)」では、東西ドイツ統一30年に向けて毎日東ドイツ特集を続けてきた。そのレポートを担当したのは、東ドイツ出身の記者や、統一後に東ドイツの支局で長く勤務したことのある西ドイツ出身の記者など、東ドイツの事情に精通した記者だった。


こうした試みも、これまで見られなかった。


この変化のきっかけは、西ドイツ目線でしか見ないことが、東ドイツ市民の過去と尊厳を傷つけることになることをようやく気付きはじめたからだともいえる。


でも、ドイツの最もリベラルな新聞として評価の高い「ツァイト紙」は、「わたしたち東ドイツ市民(Wir Ostdeutsche)」の論評で、ようやく「Vormundschaft」的でない報道番組が出てきたことを評価するものの、ドイツメディアにおいてはまだまだそうでないことに釘を刺した。


すでに取り上げた東ドイツ出身の歴史家イルコサーシャ・コヴァルチュクさんの著書「吸収ー東ドイツはどうドイツの一部になったのか」に対しても、どちらの側から見るかで評価が分かれる。


この現実は、いつまで続くのか。


この問題は、西ドイツ市民が少しでも東ドイツのことをもっと知りたい、理解したいと思えば、結構簡単に乗り越えることができるように、ぼくには思える。東ドイツ市民のことを知れば、自分たちが先入観だけで見ていたことに気づくと思う。


でもそうならないのは、東ドイツ市民のことに対して西ドイツ市民が関心を持っていないからだ。その関心のなさは、西ドイツの南にいけばいくほど強く感じられる。南西ドイツの市民には、東ドイツは遠いのだ。


そして、南西ドイツにいけばいくほど、社会は豊かになる。


(2020年10月05日)
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関連資料:
ドイツ政府の2020年東西ドイツ統一状況報告書(ドイツ語)
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