2018年7月掲載 − 小さな革命 − J・Oのベルリン便り
アッハソー、1997年7月

ザクセン・アンハルト州北部(マグデブルクから北に車で20分)に、コルビッツ・レツリンガー原野という原野がある。ヨーロッパ最大といわれるシナノキの原野で、自然の宝庫となっている。しかし、原野の周辺には至る所に「立入禁止」の立て札が並んでおり、「不法侵入者を罰する」とまで記されている。実は原野には、南北に23000haに及ぶ軍事演習場が横たわっているのである。


軍事演習場は、1936年に設置された。ナチスがクルップ社に同社が製造した大砲の試験・演習場として提供したもので、当時そのために3つの村落が強制撤去されている。戦後、演習場は旧ソ連軍に渡り、旧ソ連軍は統一ドイツを撤退する94年まで戦車の演習場として利用していた。


小生が不法侵入して原野を探索した時は、旧ソ連軍が使用していた戦車の発砲訓練場跡を見るとこができた。訓練場は戦車がどんな態勢になっても発射できるように訓練するためのもので、戦車をいろんな姿勢にするための施設の前には広大な原野が広がっていた。原野の中には、赤と白が半々に塗られた円形の標的が見える。はるか彼方には、命中度を監督するための監視塔やアンテナ施設も見える。目の前に広がるとてつもない広大な原野が演習場のほんの一部でしかないというから、23000haという演習場の大きさは想像することができない。


廃虚のように荒れ果てた旧ソ連軍の建物跡もなく、標的やアンテナがどこにあるのかも教えてもらえなかったとしたら、原野が軍事演習場だとはとうてい思えない。演習によって破壊された原野はすでに自然の力で再生段階に入っており、若い草木が青々と繁っていた。


旧ソ連軍が撤退した後、広大な軍事演習場はどうなるのか。地元住民ばかりでなく、地元市町村と州は民間転用を希望し、原野を自然公園にしたいとした。しかし、土地は元来旧プロイセン王国のもの。旧プロイセンが所有していた資産、財産は現在、原則的に連邦(国)に属することになっている。そのため、ドイツ連邦国防軍は原野の所有権を主張して、原野を引き続き軍事演習場として利用するとした。


これに対して、地元住民、市町村、州政府は一丸となって軍側の計画に反対。州政府は演習場内の一部を自然保護地区に指定するなどして、軍事利用を阻止するための策を講じてきた。地元住民も「オープン原野」という市民グループを結成。93年夏から毎月第一日曜日に「平和の行進」と称して、軍事演習場内の原野を散策する運動を開始した。これは、市民が演習場内に侵入することによって原野が市民のものであることをシンボリックに主張するためのものだ。「平和の行進」は、この9月で50回目を迎える。市民グループの中には、座り込みによって軍の演習場入りを妨害したとして裁判にかけられた者もいる。


コルビッツ・レツリンガー原野の軍事演習場問題は今年6月に連邦と州の間で妥協が成立し、原野は軍と住民で共同利用、つまり、演習場の一部を民間転用することで決着した。しかし、「オープン原野」の中心人物アードルフさんは、「原野は市民のもの。原野全体が住民の手に戻るまで、これらもずっーと行進を続ける」としている。


機会があれば、「平和の行進」に参加してもらいたい。(J・O)


(1997年7月1日)
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