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アッハソー、1997年10月

もう日本でも報道されているかも知れないが、ベルリン周辺に位置するブランデンブルク州にゴルヴィッツという小さな村がある。住民約100人程度の静かな部落だが、ゴルヴィッツが今、たいへんな注目を浴びている。事の発端は、ブランデンブルク州がゴルヴィッツにある古い文化会館にユダヤ系ロシア移民者約50人をロシアから移住させようとしたことにある。村民は、平和な村に突然と嵐のように襲ってきた話に対し、反対決議をしたが、これが反ユダヤ主義だ、人種差別主義だとして報道されることになった。


ニュースのインタビューでブランデンブルク州のシュトルペ州首相が「住民の気持ちは理解できる」と応えたのだが、この発言も誤解を生み、話は一層複雑になる。ニュースの報道を聞いたブービス・ドイツユダヤ人協会会長がすぐに、ゴルヴィッツはけしからんと過剰反応したものだから、話は益々スキャンダラスになってしまった。


しかし、よく考えてもらいたい。これまでほとんど外国人に接したことのない小さな部落に、住民の半数近くに及ぶ外国人が移住してくる。誰が素直に賛成できるのだろうか。ベルリンのように大都市では問題なかろう。しかし、住民100人程度の村である。


たとえば、小生の近所に住む俳優のゲルトは、ベルリンから車で2時間ほど離れた村に土地と家を買って一人暮しを始めた。寒い冬と仕事がある時はベルリンで生活し、それ以外は村で庭いじりを楽しむという優雅な生活をしている。ゲルトはドイツ人だが、村の住民にとっては『よそ者』。村民は戦々恐々としながら、彼の生活を伺っているらしい。ただ、現在の村はまだいいほうで、前に買った土地では村人のよそ者扱いに耐え切れず、買ってすぐに土地を売り払ってしまった。ゲルトは元来両刀遣いなのだが、現在は過去の愛憎生活に疲れ果て、ターザンという愛犬と一緒に静かに暮らしている。長閑な村人にとっては、かなりの異邦人であることはまちがいない。ゲルトの場合は少し極端だが、日本でも都会人が田舎に移住して『よそ者』扱いされるのはよくある話ではないのか。


ゴルヴィッツの問題にしても、元々住民の感情は『よそ者』に対するものではなかったのか。それをすぐに反ユダヤ主義だ、人種差別主義だと断定するのは、ドイツの過去が重く伸し掛かっているからだろう。ただ、もうひとつ引っかかるのは、もしゴルヴィッツが西ドイツにある村だったらどういう反響がでたであろうかということだ。しかしこういう憶測は、実がないので止めておこう。


ゴルヴィッツの村民は、現在より意固地になって移民受入断固拒否の態度を崩さず、この問題でディスカッションさえしようとしない。全く孤立した状態になっている。しかし、住民を孤立させてしまったのは、むしろ政治と『正義感に燃える』マスコミではないのか。


ゴルヴィッツの問題では、政治の責任が非常に大きいといわなければならない。シュトルペ州首相が「住民の気持ちは理解できる」と発言するのであれば、なぜその前に住民と話し合うなどして手を打たなかったのか。住民の気持ちが理解できるのであれば、移民移住を決定する前にユダヤ人社会・文化を知るための交流の場をもっと設定できたはずだ。ただでさえ異文化を受け入れられるようになるまでには、長い時間を必要とするというのに、いきなり移民をいれますよ、では初めから結果が出ていたようなもの。


ゴルヴィッツの問題では、政治が責められても住民が責められる理由はないと思われるが、貼られたレッテルはもうなかなか消えそうにない。(J・O)


(1997年10月1日)
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