2018年7月掲載 − 小さな革命 − J・Oのベルリン便り
アッハソー、1999年5月

今月はコソボ問題を取り上げておきたい。NATOの空爆に対する反応の違いが東西ドイツではっきりしているからだ。数日前の新聞に、NATO空爆に関する世論調査の結果が出ていた。それによると、西部ドイツでは過半数が空爆に賛成(正確に記憶していないが、60%くらいだったと記憶する)。それに対して、東部ドイツでは反対が賛成を上回っていた(記憶に間違いなければ、反対が過半数にまでは達していないが、賛成をかなり上回っていた)。


この結果は旧ユーゴが東独の友好国だったからと簡単に理由付けされそうだが、そうではない。東部ドイツでは、空爆反対の理由として「戦争はいけない」が圧倒的に多かったのだ。平和主義的な思想を持っている人が多いということなのか。。。


小生の知人でも元気?と聞くと、コソボやセルビアで苦しんでいる人々のことを考えると胸が痛んで元気だとはいえない、と答えた人がいた。もちろん、西側でも戦争に反対する人がたくさんいるわけだが、西側では平和主義者は「赤」のレッテルを貼られがちだ。


そこで、なぜ東部ドイツに戦争反対派が多いのか分析したくなる。冷戦の犠牲になって40年も自由を奪われたからだ、などなどいろいろ憶測することもできる。しかし、小生は戦争反対派が多いという事実が大切であって、あれこれ分析する必要はないのではないかとも思っている。


ただ、東側の市民のほうが政治やメディアのプロパガンダに惑わされなくなっているのではないかという気がしている。NATOが「人道」を名目にセルビア空爆を開始したが、「人道」がことばだけのものでしかないと思っている人が多いのではないかと思う。独政府はシュレーダー首相とシャルピング国防相が中心となって、空爆の正当化に躍起になっている。先日も、シャルピング国防相が空爆前に一般市民に対する大虐殺があったとして証拠写真を見せていた。しかしどうやら写真は、UCKとユーゴ軍が衝突した時に巻添えになった市民の写真のようなのだ。ドイツのメディアは、できるだけユーゴ側の報道も同時に伝えようとしたり、両者の言い分の食い違いを検証しようとしたりしている。しかしコソボ難民の取材になると、報道はどうしてもNATO寄りになりがちだ。


壁が崩壊する前、小生は東ベルリンの新聞と西ベルリンの新聞を読み比べていたが、当時は両者のプロパガンダにうんざりしていた。今もNATO寄りのプロパガンダやユーゴ側の報道の一部が伝えられたりすると、またかとうんざりしている。当時小生はまだ第三者として見ておれたが、東部ドイツの市民は旧東独政府のプロパガンダに騙され、統一に際しては前コール政権の甘いことばに踊らされた。政治やメディアに不信を抱いて当然ではないのか。(J・O)


(1999年5月1日)
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