2018年7月掲載 − 小さな革命 − J・Oのベルリン便り
アッハソー、2001年5月

朝日新聞の天声人語にそばをすする音のことが書かれていた。小生もちょっとこのテーマの仲間入りをしたい。


というのは、小生にとって日本に帰ってきたなあと感じさせられるのは、何といってもこのそばをすする音だからだ。ベルリンにいてそばが食べられないということではない。小生は結構食べているほうだと思う。それでも、日本に帰ってまず食べたいと思うのは麺類だ。成田空港から羽田空港に移動して待ち合わせ時間があるとよくそば屋に入る。


それでまず、ギクッとさせられるのはそばをすする音だ。正直いって、何というところに入ってしまったのか、とかなり違和感を抱いてしまう。自分も周囲の音に負けずとスルッー、スルッーと音を立てようとするが、これがなかなかうまくいかない。習慣とは恐いもので、そばを勢いよくすする筋肉が衰えてしまっているのだ。自分だけが音を出せなかった、と孤立感を覚えてそば屋を出る。しかし、そばをすする音に囲まれている時が一番安心感を抱いているのも事実だ。


ドイツでは食事の時に音を立てるのは下品と見られがちだ。スープはスプーンですくって、口の中に流し込む。コーヒーはカップに口を付けるが、すすっては駄目。流し込むのが原則だ。じゃがいもはナイフで切るのではなく、つぶすのが普通。これも音に関係しているのではないかと思われる。じゃがいもをナイフで切ると、ついナイフが皿に当って結構大きな音が出る。スパゲッティはフォークとスプーンで一口で口に入る程度にまるめて食べる。スパゲッティをすすらずに、口の中に入れてやるためだ。咀嚼する時もクチャクチャと音が出ないように口をしっかり閉じて食べる。ドイツ人は食事をしながらおしゃべりするのが好きだ。しかし、大きな声を出して騒いだりしないのが普通だ。


ドイツで食事をするというのは結構肩が凝ることなのだ


昨年春、イタリアのトスカーナに行った時だ。レストランではスパゲッティ用にスプーンが出てくることはなかった。それだけでも、気楽に食事ができると感じられる。トスカーナはドイツ人が好んで休暇を過ごす保養地のひとつ。至る所でドイツ人に遭遇する。レストランにドイツ人客しかいない時は話声が聞こえても、レストラン全体はシーンとしている。ひそひそ話しかできない堅苦しさ。それが、イタリア人客が入ってこようものなら雰囲気が一変してしまう。彼らはがんがん飲むや、食べるやで、大声でまくしたてたり、笑ったりで一瞬のうちに全体がオープンな雰囲気となる。それで、小生もやっと気楽に食事ができたという次第。


小生は上品なほうではない。じゃがいもはナイフで切って食べる。スパゲッティはフォークだけで食べる。地声も大きい。だから、ドイツの食事スタイルは大嫌い。音が出るのを気にしながら食べておいしい食事があるはずがない。だから、ドイツには食事を楽しむ文化がないというのが小生の持論だ。食事を楽しむ文化のないところにおいしい食事はない。おいしいワインもない。


天声人語によると、若い女性にそばをすする音がなくなる傾向があるという。欧米のマナーの影響かと書いたら、洋服が汚れないようにするためだという投書が結構あったとか。そういえば、長い髪を片手で抑えながら上品に食事をする日本女性の姿が思い出される。


冗談じゃない。いろんなことに気を使っておいしく食事ができるはずがない。気持ちを楽にしてオープンな気分で食べてこそ、食事のおいしさが満喫できる。そばをすする音にはせっかちさが感じられる。しかし同時に、音を立てる気楽さがある。そばをすする音を大切にしてもらいたい。(J・O)


(2001年5月1日)
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