2018年7月掲載 − 小さな革命 − J・Oのベルリン便り
アッハソー、2004年7月

先のサッカー欧州選手権で、ドイツは前回同様、予選リーグで敗退してしまった。それに対し、ドイツ人のレーハーゲル監督率いるギリシアは、前評判をよそにあれよあれよと勝ち進み、フランスやチェコ、ポルトガルなどの強剛を敗って優勝してしまった。両チームのサッカーには、戦略的に大きな違いはない。バックでがっちり守って、相手にすきが出たところで少ないチャンスをものにして勝つというタイプ。これは、個人能力の優れた選手がいないことから、各選手の役割分担を明確にして、強固なチームワークで勝つという戦術だ。要は、相手次第の消極的なサッカー。これは、ドイツが昔からとっている戦術で、負けそうで負けない典型的なドイツサッカー。現在の攻撃的なサッカーからすると、石器時代のサッカーといってもよく、面白みがない。


もちろん勝てば官軍で、勝ちさえすれば戦術はどうでもいい。ただ、どうしてギリシアは優勝し、ドイツは惨敗してしまったのか。前評判では、ギリシアは予選リーグ落ち、ドイツはうまくいって予選リーグを突破できる程度と、ともに前評判は高くなかった。


とかく南国のチームは、インディビジュアルになりがちで、チームにまとまりがない。それに対して、ボールコントロールなど個人能力は抜群で、それで勝てるというチームが多い。しかしギリシアの場合は、その個人能力が劣っていたので、これまではあまり勝てなかった。こういうギリシア人の南国的気質に、ドイツ人のレーハーゲル監督がドイツ流の管理サッカーを導入し、個人能力の無さをカバーして2つの個性をうまく調和させた。こうしてギリシアはポルトガルとの開幕戦において、欧州選手権、世界選手権を通して大きな大会で初勝利をあげ、それ以後はご覧の通りの快進撃を遂げたのだ。


それに対し、ドイツは前大会に比べると、選手は一生懸命プレーしたが、ギリシアのようなひた向きさや泥臭さ、忍耐強さに欠けていた。2002年のワールドカップで予想もしない準優勝をしたので、評価は低いが、何とか勝ち上がれるのではないかという過信があったのかもしれない。ドイツのサッカーはもう世界には通用しないという認識がありながらも、2002年のワールドカップの成功がどこか頭の後ろにあったような気がしてならない。だから2002年以後、それほど積極的に若手を起用して育てることもせず、レギュラー選手を早めに固定してチーム造りに専念することもなかった。ただ、その場その場で勝つことだけが追求されていた。


現在、ドイツのサッカー界には、昔のベッケンバウアーやマテウス、ザンマーなど、個性的な強さでチームを引っ張っていけるだけの選手がいない。チームが沈んでしまうと、沈んだままになって暗い雰囲気になる。だから逆境に弱く、立ち直るのに時間がかかる。それに対し、南国の選手には楽観的で、くよくよしないタイプの選手が多い。たとえば、決勝戦で決勝点をあげたギリシアのハレステアスは、ブンデスリーグで優勝したブレーメンの選手。ブレーメンでは控え選手で、出番はほとんどなかった。それが、大舞台であれほど大活躍できるのだから、その精神力はすごいとしかいいようがない。


こうした精神的に強い選手は、もうドイツには見当たらない。もちろん、ラームやシュヴァイネシュタイガー、ヒンケル、メッツェルダー、ポドルスキーなど若手の中に将来が十分期待される選手が多い。しかし、ダイスラーのように期待の重圧に負けて病気になってしまった選手がいるのも事実。


ドイツのサッカーの現状は、現在のドイツ社会を反映させているともいえる。高齢化社会に向けて社会を改革しなくてはならないことはわかっている。だが、だれも現在持っている利益を渡そうとしない。だから、改革は目先の改革しかできず、それでも既得権益者からは強い反発を買う。景気も回復せず、世の中は暗くなるばかり。国民は悲観し、世の中はより暗くなって、明るい兆しどころか、逃げ道も見出せない。だから、国民はこの暗さから抜け出させてくれるリーダーを求めるが、それもいない。たとえばドイツのサッカーが優勝でもしておれば、世の中の気運が変わる起点になったかもしれない。しかし、今の暗い世の中にはそういうポテンシャルも生まれない。何もかもが悪循環しているのだ。でもまあ、これがドイツらしいのかな。(J・O)


(2004年7月1日)
前の項へ←←      →→次の項へ        →記事一覧
このページのトップへ