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アッハソー、2005年11月

ドイツでは、はじめて女性の首相が誕生した。それも、ドイツ統一後15年にしてはじめて東独で育った人が統一ドイツの首相となった。もちろん、アンゲラ・メルケル首相のことだが、メルケル首相には、どうも女性、東独育ちという二枚看板がぴったりとこない。


もちろん、女性の中には女性がはじめて国家行政のトップに立つことをたいへん喜び、メルケル首相を支援してきた人たちもいる。これら支援者にとっては、女性だということが最優先されている。ただ、メルケル首相に反対する女性たちが多いのも事実だ。実際、今回の連邦議会選挙(総選挙)において、女性票はメルケル首相のキリスト教民主同盟(CDU)よりも、シュレーダー元首相の社民党に流れている。それは、メルケル首相がブッシュ米国大統領に賛成してイラン戦争を全面支持したこと、原子力の大の推進者であること、さらにメルケル首相に弱者切り捨ての冷たさを感じている人が多いことなどが、大きな要因だと思われる。


むしろ女性という意味では、医師であり、政治家でありと、たいへんな仕事をこなしながらも、7人の子どもを育て上げてきたフォン・デア・ライエン家庭大臣(CDU)が脚光を浴びている。


もうひとつの看板だが、メルケル首相の話し振りはいかにも東独育ちを感じさせる。ただ同首相は、東部ドイツでは人気があまりないといっていい。今回の選挙でも、CDUの首相候補が東独育ちだからといって、東部ドイツでCDUに票が流れたわけではない。弱者切り捨てが特に東部ドイツの市民にとって痛いものとなることから、東部ドイツ票は左派政党や社民党に流れている。


東独育ちの政治家はむしろ、社民党党首になったプラツェク・ブランデンブルク州首相や今回交通建設大臣となったティーフェンゼー元ライプツィヒ市長に代表されるのではないか(いずれも社民党)。


二人に共通しているのは、これまでの政治家にないソフトな感じを持っているということだ。社民党の政治家といえど、労働者階級のために戦う政治家という匂いがない。むしろ、市民のために何とかしようとする人間的な暖かさを感じさせるタイプだ。


ソフトな感じといっても、軟弱なわけではない。ティーフェンゼー大臣は、2002年秋のシュレーダー第二次政権の組閣時に、自分はもっとライツィヒに残ってやることがあると、大臣就任を断った。やり残したことのひとつは、失敗に終わったライツィヒへのオリンピック誘致だった。最終的には、IOCの大会でロンドンに負けたが、国内での最終立候補地選出のプレゼンテーションにおいて、市長自らがチェロを演奏してライツィヒ誘致を訴え、人々の心を捉えてハンブルク優勢の前評判の中で、見事に劣勢を跳ね返した。


プラツェク州首相は、元々東独民主化運動から出てきた人。当時は、90年同盟に属していた。その後、90年同盟が緑の党と合併する時に社民党に移り、ポツダム市長から、州の環境大臣を経て州首相となった。特に環境大臣時代、エルベ川大洪水において果敢に動いて堤防決壊を食い止めたことから、それ以来「堤防伯爵」と呼ばれている。シュレーダー前首相は前々から同氏を自分の後継最適任者としており、今回の大連立政権では次の総選挙を考えて、社民党首脳は同氏に外務大臣就任を要請した。しかしプラツェク州首相は、自分は前の州選挙で選挙民に任期を全うすることを約束したので、ブランデンブルク州を離れるわけにはいかないと固執。結局、閣外に止まることになり、その後の党内のごたごたで新党首に就任することになった。


一般的にいえば、一旦大臣就任を断れば、もう次はない。しかし二人の場合、それにもかかわらず、次にまた声がかかる。これは、これまでにない現象だといっていい。


特にプラツェク氏は、新しいタイプの政治家だといわれる。決して政治権力を嵩にかけず、常に互いに納得できるコンセンサスを求め、出世を考えずに、自分にできるかできないか慎重に考えるタイプだとされる。


それに対し、メルケル首相は人気があまりないにもかかわらず、戦略的に政治権力を握って上に上がってきたタイプ、コール元首相に似たタイプとされる。


ただ新しいタイプとされるプラツェク像は、東部ドイツでは珍しいことではないらしい。経営コンサルタントや社会学者は、これまでの経験やアンケート調査などから東独育ちと西独育ちの経営者を比較している。


それによると、東独育ちの経営者は自分自身のキャリアにそれほど価値をおかない。むしろ、互いに納得できる方法を探り、上司であっても部下の合意が必要だと考えているという。それに対して西独育ちの経営者には、議論の末多数決で決定されたことは必ず実行されなければならないという意識が強い。また、東独育ちの経営者は社員に対する責任感が強く、コスト削減のためには、雇用を削減するよりは、給料をカットするほうを優先させる傾向が強いということだ。


いずれにせよ、女性で東独育ちのメルケル首相の登場は、ドイツの歴史に新しいページを開いたのは間違いない。女性の首相のもと、大多数の男性の政治家がどう“勉強”していくのかも見物だ。(J・O)


(2005年11月1日)
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