2020年10月26日掲載 − ぶらぼー!
受難曲は受難曲

バッハにとり、〈マタイ受難曲〉と〈ヨハネ受難曲〉がオペラに代わるものだったのは確かではないかと思う。でも受難曲が、宗教曲であることは変えようがない。


キリスト教の信者でもないぼくが、バッハの〈マタイ受難曲〉と〈ヨハネ受難曲〉がオペラのような作品というのは、ちょっと軽率だ。ぼくは、「オペラ的な要素を持つ宗教曲」といったほうがいいと思う。


オペラ作品では、ドラマのあらすじを変えないでも、独自の物語と解釈を醸し出すことができる。それがオペラのいいところだと、ぼくは思っている。オペラは、いろいろ解釈できる余地のある柔軟なものだ。


でも宗教曲は、そうではない。聖書からなる〈マタイ受難曲〉と〈ヨハネ受難曲〉のキリストの受難物語は、演出の解釈によって独自の物語とすることはできない。


ベルリンフィルが2013/2014年のシーズンに、ラトル指揮、セラーズ演出で、〈ヨハネ受難曲〉を上演したことがある。会場のフィルハーモニー大ホールの舞台そのものが、受難物語の舞台となる。舞台装置はほとんどない。


そこでは、受難を象徴する場面設定がチェルノブイリ原発事故だった。ぼくは最初、それにとても反発した。原発事故が受難の元とは、単純な設定だとしか思えなかった。


でも舞台において、原発事故の物語性が消え、受難物語が伝えられるにしたがって、受難曲の重さがしっとりと伝わってくる。受難曲は、何かのたとえには代用することはできない。受難曲は受難曲だ。


合唱団員が、手を動かしたり、からだを横たえたりして、からだの動きで受難を象徴する。それが、社会の受難であり、キリストの受難でもあるかのようだった。合唱団員は体操をしているかのようだという批評もあったが、それは的外れだ。


福音史家は舞台では、社会とキリストの慰め役だった。それが、舞台だけではなく、フィルハーモニー大ホール全体の慰めにもなっていたのだと感じる。


聴衆のぼくたちは、そうして受難物語を体験したのだった。


(2020年10月26日)
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