2020年3月02日掲載 − ぶらぼー!
オルフェオはカウンターテノールでないと

カストラートは、男性が声変わりする前に去勢し、成人になっても女性のように高音域の声を出せる男性歌手だった。そのカストラートの苦悩について描いた映画が、映画『カストラート』(1994年)だ。


映画は、実在したカストラート歌手ファリネッリを題材にしている。去勢後の男性の苦しみが、見事に描かれていた。


映画では、ファリネッリが去勢後に牛乳の風呂に入っている。実際には、去勢前に牛乳風呂に入るのが普通だった。それでからだを柔らかくしてから去勢したのだという。


前回、モンテヴェルディ〈ポッペアの戴冠〉のポッペアの乳母アルナルタが、男性のカウンターテノールで歌われることがあると書いた。男性が女性役を演じるということだ。


こういうケースは、むしろ稀だった。


カウンターテノールは、女性の声のように音域が高くても、男性役を歌う場合が多い。女性歌手が男性役を演じるのを「ズボン役」という。カウンターテノールが男性役となっても「ズボン役」だ。


男性役をズボンで象徴するのは、男女差別という批判もあると思う。今回は、ご容赦してもらいたい。


バロックオペラ作品では、ほとんどの作品にカウンターテノールの役がある。その中には、カウンターテノールが主役を演じる作品がいくつもある。


よく知られているのは、グルック〈オルフェオとエウリディーチェ〉のオルフェオ役と、ヘンデル〈ジュリアス・シーザー〉のシーザー役。


〈オルフェオとエウリディーチェ〉は、簡単にいえば至上の夫婦愛を描いた作品だ。


最愛の妻エウリディーチェを失ったオルフェオは、悲しみのどん底にいる。妻を死から呼び戻そうと、黄泉の国に入っていった。オルフェオの音楽で復讐の女神の心を動かせたら、妻を生き返らせることができるという。ただし、妻と黄泉の国を出るまで、妻を見てはならない。それが、オルフェオに課せられた掟だった。


復讐の女神は、見事なオルフェオの音楽に魅せられる。オルフェオの願いを聞き入れることにした。妻の手をとって、地上へ急ぐオルフェオ。


しかしエウリディーチェは、自分を見てくれない夫に怒り、嘆き悲しむ。つらくて死んでしまいそうだという。オルフェオはどうしようもなく、エウリディーチェを見てしまった。


すると、エウリディーチェはその場に倒れてしまう。オルフェオは、妻を再び失ったのだ。自殺しようとするオルフェオ。


そこに愛の神アモーレが現れる。掟を破ったオルフェオの妻への愛を讃え、オルフェオを許す。エウリディーチェは生き返る。


オペラは最後に、アモーレを讃え、ハッピーエンドで終わる。


オルフェオ役のカウンターテノールには、妻への強い思いを伝えることが要求される。叙情的でないといけない。それが、なぜ女性のような声でないといけないのか。


ぼくは、妻を失った悲しみと妻に会いたいという気持ちを歌うには、男性の強い声よりも、女性のような声のほうが合っていると思う。そのほうが、心の底にある強い思いを表現しやすい。


オルフェオ役は、カウンターテノールでしか考えられない。たとえば、全盛期のヨッヒェン・コヴァルスキーがはまり役だった。


(2020年3月02日)
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