2019年11月04日掲載 − ぶらぼー!
バロックオペラは即興性で生きる

クラシック音楽では、楽譜に書かれているものがそのまま演奏されていると思われている。


確かにそうだが、同じ旋律であっても、アーティキュレーションやフレージングによって、これが同じ作品かと疑いたくなるくらいに違った音楽に感じることもある。


そこには、楽譜から作品を解釈する余地があるからだ。


たとえば、有名なベートーヴェンの交響曲第5番〈運命〉の最初の旋律を見てみよう。それを「ダ、ダ、ダ、ダン」とも、「ダ、ダ、ダ、ダーン」とも演奏できる。その「ー」の部分には、抑揚をつけることもできる。


それによって、音楽は違った印象を与える。


それに対して、バロック音楽では「通奏低音」が伴奏の基本となる。


楽譜には、低音部の旋律しか書かれておらず、そこに数字が追記されている。数字は、その和声の構成音を指示している。


奏者は、その旋律に自分で適切な和声を付けて演奏することになる。


現代ギターでは、旋律に和声であるコードをつけて伴奏するが、その論理と同じだ。


和声化する作業を「リアライズ」という。バロックオペラでは、それをオーケストラの奏者それぞれに任せると、うまく調和しないことも考えられる。


そのため、現在バロックオペラを上演するには、事前にその作業を指揮者が行い、リアライズした楽譜が楽団員に渡される。


そればかりではない。


歌手の歌うアリアの装飾部分も、楽譜には書かれていない。その部分も、歌手と指揮者が調整して、どう装飾するかを考えないといけない。


バロックオペラでは楽譜があっても、作曲家が楽譜に記述していない要素がたくさんあるということだ。それだけ、音楽に即興性があり、演奏家に自由がある。


それが、バロックオペラのおもしろいところ。


以前、バロックオペラは当時のメロドラマで、とても娯楽性のあるものだと書いたことがある。その娯楽性や余興性は、この即興性をベースにしていると思う。


当時、指揮者は拍子を取るだけ。現在ほどの統率力、指示力をもっていなかった。メインは歌手だ。歌手が勝手に装飾部分をある時はとても悲しく、またある時はともておもしろおかしく自由に歌い上げる。そうして、聴衆の喝采を受けていたのだと思う。


ただ、現在はそうはいかない。バロックオペラを上演するには、バロック音楽に精通した専門家でないと、即興性を実現するのは難しい。特に、指揮者に専門性が要求される。


ありがたいことに、現在バロック音楽を専門とする指揮者やオーケストラ、歌手がたくさん登場している。そして、現在の音楽家たちには、バロック音楽から古典派、ロマン派、後期ロマン派、現代音楽までの過去の音楽も蓄積されている。


現在、その蓄積をベースにして300年前、400年前のバロックオペラを再興する。それは、バロックオペラを再発掘、再生することでもある。


そしてその結果、バロックオペラはとても芸術性の高いものとなっている。


(2019年11月04日号掲載)
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