2019年3月13日掲載 − HOME − ぶらぼー! − 音楽インタビュー
ザルツブルク音楽祭総裁が語る

ザルツブルク音楽祭は、世界最大のクラシック音楽祭だ。この夏、44日間で188の公演が行なわれ、世界中から30万人近くの人々が芸術を堪能した。 その経営のトップが、ヘルガ・ラブル=シュタドラー総裁(67歳)だ。


1920年の設立当時、競合する音楽祭はバイロイト音楽祭以外にはなかった。しかし現在、音楽祭は世界中で開催されている。


「音楽祭の数は、確かに増えました。競争が激しくなっているのも事実です。でも、不安はありません。むしろ、それによって芸術に対する注目度が高くなったと思います。人々が宗教に対する信仰を失っていく中で、生きることの意味が芸術と文化に結び付けられるようにもなってきています。こうした社会の変化も、音楽祭に人が集まる要因となっています。


われわれ芸術を提供する側が、問われているのだと思います。でも、われわれは人生に対する答えを出すことはできません。毎年、われわれ自身を再発見するとともに、新しい聴衆を獲得するために新しいものを提供していかなければなりません」


ザルツブルク音楽祭の年間予算は現在、6000万ユーロ弱(約84億円相当)。そのうち、公的補助の占める割合は27%だ。スポンサーからの寄付は19%だという。収益の半分近くを占めるのは、チケットによる売り上げだ。確かに、最高430ユーロ(約6万円相当)もするチケットは高いと感じる。


「しかし、販売するチケットの半分以上は、105ユーロ(約1万5000円相当)以下となっています。チェケットの売上げも、その半分は5ユーロ(約700円相当)から105ユーロの安いチケットによるものです。430ユーロの高いチケットで、安いチケットをカバーする。これが、過去20年間ザルツブルク音楽祭を成功させてきた大きなポイントです。この手法は、維持していきたいと思っています」


総裁によると、オーストリア全体に対するザルツブルク音楽祭の経済効果は30億ユーロ(約4000億円相当)を超える。オーストリア全体で、関連業界に3000人以上の雇用をもたらしているという。


「音楽祭の納税額を見ると、公的補助額を上回っています。これは、オーストリアの納税者負担で音楽祭が開催されているわけではないということです。


これが、ヨーロッパの主なオペラハウスや劇場と大きく違うところです。ドイツ語圏のオペラハウスを見てください。自己資金率は、平均で13%程度にしかなりません。経費の多くが、公的補助で賄われているということです」


就任して、今年で20年となるラブル=シュタドラー総裁。その経営手腕とハードな立場で長い間勤めてきたタフさは、どういうところからきているのだろうか。


「情熱と熱中できる能力があるからだと思います。わたしは、何でもポジティヴに考えます。フラストレーションを貯めるタイプではなく、自分を哀れに思ったこともありません。


一直線にキャリアを積んで、ここまできたわけではなく、これまでの人生において紆余曲折があったこともたいへん役に立っていると思います」


総裁は大学で法学、政治学を学んだ後、ジャーナリストとして活躍していた。当時、女性としてはじめて新聞紙上で内政問題のコラムを書かせてもらった。しかしその後、服飾関係の家業を継ぐためにザルツブルクに戻る。実業家として成功した。


1980年代には、保守系政党の国会議員にまでなった。1980年代終わりに、ザルツブルクでは女性として初めて商工会議所の会頭となり、ザルツブルク音楽祭の監査会の委員となる。それが、音楽祭の総裁となるきっかけだった。


「わたしは、法学を勉強してジャーナリストになれたことが幸運だったと思っています。今も、スターを集めて成功すればよしとするメディアに対してとても批判的な立場でおれるからです。スター偏重は(ザルツブルクでは)昔からありました。カラヤンの時代もそうでした。でも、ほんの一握りのスターでしか興行的に成功しないというのは、とても考えさせられます。ネトレプコ、ガランチャ、カウフマン、バルトリ。これらスターが電話帳を読むだけでも、人は集まります。でも、これはとても不公平な状態だといわなければなりません。他にも素晴らしい歌手がたくさんいるからです」


総裁は、自分のことを「音楽祭の外務大臣」だともいう。


「芸術監督と総裁のわたしが一緒に、上海や北京、パリ、ロンドン、ミュンヒェンなどを回って、音楽祭のプログラムをプレゼンテーションして歩きます。総裁は、決して音楽祭すべてに対して絶対的な権力を持っているわけではありません」


こうして総裁と芸術監督が一緒に、スポンサーを獲得して回るのだ。


「スポンサリングを成功させることの半分は、いい公演を続けていくことだと思います。こうしてアウディ、シーメンス、ネスレ、ローレックス、日本たばこなどのメインスポンサーを獲得することができました。ただ日本たばこに関しては、たばこ広告法の規制が厳しくなり、メインスポンサーから降りなければならなくなりました。現代オペラを実現するためにスポンサーになっていただいていただけに、たいへん残念です」


この夏の公演から、新演出作品ばかりでなく、再演作品がプログラムに載るようになった。


「3年前までは、音楽祭はいつも新演出と再演で構成されていました。ペレイラ前芸術監督が新演出だけで新しい聴衆を獲得していきたいと固執したので、受け入れました。それで変わったのです。ただ、新演出をその時に5回公演するだけでは、もうやっていけません。再演すれば、新たな収益が得られます。2015年の夏は、新演出と再演がそれぞれ3作品。新演出と再演で、均整の取れた音楽祭にしていけると信じています」


最後に、総裁が過去20年間で最も気に入った公演は何か聞きたくなった。


「ネトレプコの《椿姫》です。でも、本当のスターは演出したヴィリー・デッカーでした。鳥肌が立ちました。もう二度と忘れられません」


構成:ふくもとまさお

(音楽の友2015年10月号に掲載)
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