2019年3月31日掲載 − HOME − ぶらぼー! − オペラ公演
リヒァルト・シュトラウス:歌劇〈ばらの騎士〉

バイオリン32本、ビオラ12本、チェロ10本、コントラバス8本。


リヒァルト・シュトラウスは〈ばらの騎士〉の演奏に、弦楽器だけでもこれだけたくさんの楽器を要求した。しかしこれだけ大編成のオーケストラでは、器の小さいコーミッシェ・オーパーで演奏するのは無理。それでもコーミッシェ・オーパーは、敢えて大作〈ばらの騎士〉に挑んだのだった。


それは、大作〈ばらの騎士〉の中に室内楽的な要素があるからだ。室内音楽的というのは、シュトラウスの作品のバロックオペラ的、演劇的な面といえるだろうか。シュトラウスのオペラでは、人間の世界が描かれ、人間の世界にある人間のちぐはぐさや対立が混じり合っている。そして、それがドラマを展開させる。そこが、指揮のペトレンコと演出のホモキが構想した〈ばらの騎士〉の核心だ。


舞台は、バロック風の真っ白な一室。両側と奥が白い壁で仕切られている。舞台はそれによってより小さな空間とされ、天井が空間をさらに狭くしている。壁には、それぞれ大きな二面開きのドアがあるだけ。すべてのドラマは、この制限された室内空間で展開される。


30代そこそこの元帥夫人と17歳の若者オクタヴィアンとの情事の名残りは、あまり官能的とはいえない。元帥夫人役のマッグリーヴィはきれいな声をしているのだが、ひとつ熟女の色香がない。オクタヴィアン役のドゥフェクシスも子供っぽさを感じさせる。でも二人の年齢からすると、むしろそれが自然なのかもしれない。二人の演技はきめ細く、それが繊細な音楽造りに徹底したペトレンコ指揮のオーケストラとうまい具合にマッチしていた。決して、オーケストラの音が大き過ぎて、歌手の声がオーケストラの音に埋もれてしまうことがない。


元帥夫人はその後、オックスが訪ねてくると、ロココ風の正装をさせられた。他の登場人物たちは、場面が変わる毎に近代的な衣装に変わっていくのだが、それに対して元帥夫人だけが正装のままとなる。


ゾフィとオクタヴィアンが出会うシーンでは、周りの人物は時計が止まったかのように静止し、ゾフィとオクタヴィアンだけがドラマを進めていく。


オックス役のラルセンは滑稽というよりは、泥臭く、下品な田舎貴族。ゾフィ役のゲラーのオックスを毛嫌いする仕草は、鳥肌でも出ているかのようにリアル感がある。大勢の人々や元帥夫人を訪ねる場面、第二幕や第三幕で人の出入りが激しくなる場面でも、それぞれの役柄がはっきりと区別されている。


こうした緻密な演出を、ペトレンコは室内楽的な音楽でドラマにめりはりをつけていく。特に感心させられたのは、とかくその優美さ故に酔ってしまいがちなシュトラウスの音楽に酔いすぎないこと。常に、演出と音楽の間に相関関係があって、それがドラマを造っていることを感じさせてくれる。


歌手も粒がそろっていて、音楽、演出ともにその完成度はかなり高い。実際、幕後もブーイングはひとつもなく、たくさんのブラボーが出ていた。大成功だ。この〈ばらの騎士〉は、これからヒット作になるのは間違いと思う。


確かに観衆の受けがいい。しかしこの〈ばらの騎士〉には、根本的なところで納得しきれないところがある。


たとえば第三幕の終わりで、元帥夫人はゾフィとオクタヴィアンの愛の前に身を引くことになるわけだが、元帥夫人は舞台に一人残って、つまりゾフィとオクタヴィアンのあの美しいデュエットは舞台上ではなく、舞台裏で歌われることになるのだが、元帥夫人はロココの正装を脱ぎ捨ててしまうのだ。


もちろん、元帥夫人という人間が物語の中心であることに異論はない。


でも、シュトラウスと台本を書いたホフマンスタールが意図していたのは、元帥夫人の将来を最後にすべてオープンにしておくことだったのではないだろうか。元帥夫人には貴族として残る“自由”も残されており、貴族社会から出てしまう自由もある。それを意図的にオープンにすることによって、観衆が自分自身で元帥夫人の将来について思いを巡らすことができるように意図されていると見る。


〈ばらの騎士〉には、こうして余情を感じさせてくれるところがたくさんあると思われるのだが、ホモキの演出はすべてこうなんだと説明されてしまっていて、それがまた音楽によって緻密に説明されているものだから、音楽にもいまひとつ余韻が残らない。

だから公演として完成度が高い分、自分自身でわくわくしながら登場人物の内面に思いを寄せている時があまりなかったように思う。非常によく考えられたすばらしい〈ばらの騎士〉なのだが、この点が完成度を追求した末の運命なのかもしれない。


ふくもとまさお

リヒァルト・シュトラウス:歌劇〈ばらの騎士〉
コーミッシェ・オーパー公演
指揮:キリル・ペトレンコ
演出:アンドレアス・ホモキ
共同演出:ヴェルナー・ザウアー
舞台美術:フランク=フィリップ・シュレースマン
衣装:ギデオン・デイヴィ
出演:
[元帥夫人]ジェラルディン・マッグリーヴィ
[オックス男爵]イェンス・ラルセン
[オクタヴィアン]ステラ・ドゥフェクシス
[ゾフィ]ブリギッテ・ゲラー
[ファーニナル]クラウス・クットラー、ほか
(プレミエ:2006年4月02日)

(Classic Japan 2006年6月08日号掲載)
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