2021年8月30日掲載 − HOME − ぶらぼー! − オーケストラコンサート
壁とともに生きた指揮者人生

コロナ禍で休演中だったコンサートやオペラ公演も、再びはじまろうとしている。今回は、パンデミックによる長い休演だった。それでふと、政治的な背景と病気から身を引いてしまった指揮者がいたことを思い出した。


長年、ベルリン国立オペラの音楽監督を務めたオトマール・スウィトナーさんだ。長い間日本N響の名誉指揮者だったので、日本でも覚えている方が多いと思う。


オトマールさんはオーストリア人だが、東ドイツ政治体制下の社会主義を信じ、ベルリンの壁が崩壊して東ドイツ体制が崩壊すると、かなりのショックを受けていたとされる。その直後、音楽監督の職から辞任した。


パーキンソン症候群を患い、公衆からほとんど姿を消してしまった。


ベルリンの壁が崩壊して20年となる直前、ぼくはオトマールさんのことを書いていた。以下にそれを引用しておく。


ベルリンの壁が崩壊して、今年11月で20年となる。


ベルリンの壁と最も深い関わりのある指揮者は、日本でもおなじみのオトマール・スウィトナーさんではないかと思う。


オーストリア人でありながら、壁のできる1年前の1960年に、社会主義体制下においてドレスデン国立オペラのオーケストラの主席指揮者に就任。その後26年間もの長い間、東ベルリンでベルリン国立オペラの音楽監督を務め、壁崩壊直後の1990年に現役から退いていた。


スウィトナーさんがパーキンソン症候群を患っていたことは、当時、すでに知られていた。スウィトナーさんは過去を振り返って、指揮棒が震えては、オペラは指揮できないと語る。それが、現役から退いた理由だと。


筆者の記憶が正しければ、90年代に2回、ベルリン国立オペラのオーケストラに客演するとの予告があった。だが、いずれも健康上の理由からキャンセルされ、その後のことはほとんど知られていなかった。


そのスウィトナーさんのドキュメンタリー映画「Nach der Musik(音楽の後で)」(日本では、今年3月に「父の音楽」というタイトルでテレビ放映された)が、スウィトナーさんの87歳の誕生日である5月16日を前後して封切りとなった。ゆかりの地であるドレスデンとベルリンでは、封切り初日に本人自らが元気な姿を見せたという。


映画を制作したのは、スウィトナーさんが愛人との間にもうけた息子のイゴール・ハイツマンさん。


映画は、スウィトナーさんの人生をたどりながら、息子のイゴールさんが、現役時代には週末に東ベルリンから壁を超えて西ベルリンに訪ねてくるだけの父親だったスウィトナーさんのことをもっと深く知ろうとするものだ。


震える手でやっとの思いで背広のボタンをかけるスウィトナーさん。イゴールさんが「ぼくの父は指揮者だった」と、過去形でナーレーションを入れる。


そのイゴールさんの願いは、父の指揮する姿をもう一度見ることだった。そして、その願いが映画の最後で実現される。スウィトナーさんがベルリン国立オペラのオーケストラの前に立ったのだ。場所は、当時オーケストラと一緒にリハーサルをしたアポロホール。


「処刑される前にタバコを一服」と茶目っ気たっぷりのスウィトナーさんだが、どことなく緊張して見える。


だが、指揮をしはじめると、スウィトナーさんの姿が生き生きと見えるようになる。音楽がからだに染み込んでいるのだ。


演奏されたのは、一番好きだというモーツァルトの〈交響曲第39番〉、J.シュトラウスのワルツ〈とんぼ〉など。聞いているうちに、どうしても実際に聞いてみたいという衝動に駆られてくる。


もし、スウィトナーさんのコンサートが実現すれば、スゴい!!それも、統一されたベルリンで。

(引用終わり。読響オーケストラ2009年6月号掲載)

ぼくは、オトマールさん指揮によるベルリン国立オペラ管弦楽団(シュターツカペレ・ベルリン)のコンサートをとても楽しみに期待していた。だが結局、実現できなかった。


映画でオトマールさんが指揮する姿を見ることができたのは、とても幸運だった。その時オトマールさんがはじめに、「ああ、シュトラウスさん。懐かしいね」といって握手したコンサートマスターがローター・シュトラウスさんだった。そのローターさんを数年後にインタビューすることになるとは、その時はまったく思ってもみなかった(『コンサートマスターに聞く/ローター・シュトラウス(シュターツカペレ・ベルリン)』)。


オトマールさんは2010年1月、妻と愛人、息子のイゴールさんが見守る中、ベルリンで亡くなっている。


(2021年6月14日、まさお)
記事一覧へ
関連記事:
コンサートマスターに聞く/ローター・シュトラウス(シュターツカペレ・ベルリン)
関連サイト:
ベルリン国立オペラのサイト(ドイツ語)
この記事をシェア、ブックマークする
このページのトップへ