2020年8月04日掲載 − 脱原発
最終処分地選定部会を設置

今回から数回に渡って、ドイツが放射性廃棄物の最終処分地を選定するプロセスをどう確定したかについて報告したい。


(西)ドイツは1960年代後半に、東西ドイツ国境近くにある岩塩層を最終処分に使うための適性調査を開始した。そこでは、20世紀はじめからあるアッセ岩塩坑が利用された。


その後1970年代から、岩塩層を高レベル放射性廃棄物の最終処分に使うための調査が、同じく東西ドイツ国境近くのゴアレーベンではじまる。地下坑は、1980年後半から建設される。


それと平行して、1970年代に低中レベル放射性廃棄物の最終処分地とするため、その近郊の元鉄鉱石鉱山コンラートの地下坑でも調査がはじまった。


(西)ドイツの動きと平行し、(東)ドイツでは1970年代はじめに同じく東西ドイツ国境近くのモアスレーベンにおいて、元石灰岩塩坑を利用して、低中レベル放射性廃棄物の最終処分地が設置された。ただモアスレーベンに放射性廃棄物が搬入されたのは1991年まで。地盤落下などの問題が発生したからだ。


モアスレーベンは現在すでに閉鎖が決定され、坑道を埋め戻す作業が行われている。その作業が終了するまでに、まだ15年近くかかる予定だ。


東西ドイツは1990年に統一する。しかし東西ドイツがそれぞれ国境近くに最終処分地を計画してきた結果、最終処分地が統一ドイツのど真ん中に立地することになる。


こうして見ると、ドイツが地層処分、特に岩塩層を利用した最終処分を優先させてきたことがわかる。岩塩層とする利点については、後で説明することにする。ただ、当時実際に岩塩層の適性が科学的に十分に検証されたのかどうか、当時からかなり疑問視されていた。


現在、当時最終処分地として岩塩層が決定されたのは、科学的な根拠によるものではなく、政治判断だったことがわかっている。


1998年秋に社民党と緑の党が連立して中道左派政権ができると、ドイツ環境省は1999年、独立した組織として最終処分地選定部会(AkEnd)を設置する。


1998年の政権交代で政府は、すべての放射性廃棄物に対して最終処分地を一箇所にまとめて設置すると方向転換する。さらに最終処分地が2030年頃にすでに稼動できる状態であるべきだとして、最終処分地の選定をやり直すべきだと判断されたからだった。


またそこには、それまでの最終処分地の選定が科学的な検証に基づくものではなく、政治判断で行われたとの疑問もあった。


そのため最終処分地選定部会には、主に地質学や物理学、化学、数学など自然科学の専門家が委員として招集される。


政府と電力業界が2000年6月に脱原発で合意すると、ゴアレーベンの最終処分地適性調査を中断することも決定された。


作業部会は、地質学上の最終処分地選定基準を定めるばかりでなく、最終処分地の選定を「住民参加」で行う方法についても議論し、その方法を策定するべきだとされた。ドイツはここではじめて、最終処分地の選定を住民参加で行うべきだとの基本方針を示したといってもいい。


(2020年8月04日)
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The World Nuclear Waste Report 2019 (英語版)
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