2020年3月24日掲載 − 脱原発
国内で処分する

前回、放射性廃棄物の最終処分は利用者責任の原則の下で行われるべきだと書いた。実際には、国が最終処分を行う。


これは、利用者である電気の消費者が最終処分を国に委託したと見るべきだと思う。


この原則を前提にして、最終処分を行う場所を選定するべきだ。


利用者が最終処分に責任を持つという条件の下で、最終処分をどこで行うかを選定する。そうしなければ、利用者責任は成り立たない。


その意味で、利用者は最終処分地の選定に参加する権利を持っている。住民は利用者でもあるので、最終処分の選定は住民と対話して、住民参加の形で行うのが正当な手法だと思う。


ここで、利用者責任は単に放射性廃棄物を処分すればそれで済むわけではない。


排出された放射性廃棄物によって起こる影響を最小限に止めるのも、利用者責任に含まれる。


最終処分は安全に行われなければならない。放射性廃棄物の汚染が長期に渡ることを考えると、安全は、利用者の世代ばかりでなく、利用者に続く世代にとっても安全でなければならない。


最終処分によって、放射性廃棄物の汚染が拡散されてもならない。これは、利用者責任の行き渡る範囲でしか、最終処分をすべきではないということだ。


これまで、放射性廃棄物をユーラシア大陸の人の住んでいない地域に持っていて最終処分するのがいいという考えがあった。あるいは、放射性廃棄物を宇宙に捨ててしまえばいいというアイディアさえもあった。


こうした処分方法は、利用者責任の枠を超えてしまう。


放射性廃棄物を輸送する場合の安全はどう保証するのか。遠方で処分された放射性廃棄物の安全をどう保証するのか。これらの問題は、利用者責任という原則では手が届かなくなる。


放射性廃棄物の最終処分をビジネス化することも考えられる。お金で片付けて、責任を移管してしまえばいいということだ。


これは、利用者の責任放棄としかいえない。最終処分は、10万年、100万年に及ぶ長期なものだ。その期間が終了するまで、利用者の責任がより長く行き届く方法を考えなければならない。


それは、ビジネス化した経済的な方法では不可能だ。経済を追求するあまり、安全が保証されなくなる危険が高い。


これらの問題を考えると、利用者責任の原則の下で最終処分を行うには、国内で最終処分することしか考えられない。


いくつかの国が集まって共同で最終処分することも考えられると思う。でもその場合は、国内処分するのに適切な場がなく、共同で最終処分したほうがより安全だと認められる場合に限定すべきだ。


その場合、最終処分地は共同で最終処分する国のどこかに限定されるべきだ。利用者責任を共同で行使するために、責任を公平に分担する手法を考える必要もあると思う。


でもそれは、簡単なことではない。


いずれにせよ今の段階では、利用者責任を最も現実的に実現できるのは、国内処分しか考えられない。


(2020年3月24日)
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The World Nuclear Waste Report 2019 (英語版)
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