2020年9月01日掲載 − 脱原発
最終処分地選定を再開

2002年12月、最終処分地選定部会(AkEnd)の最終諮問案が政府に提出された。その重要なポイントは、最終処分地の選定を住民参加で行うこと、低中レベル放射性廃棄物と高レベル放射性廃棄物で分けて最終処分することだったと思う。


しかし前回書いたように、最終処分地を選定するために再調査を行う資金をどうするかで、政府と電力業界が合意できない。そのため、ドイツの最終処分地選定は長い間まったく進まないことになる。


その間国政は、社民党と緑の党の中道左派政権から、保守系キリスト教民主・社会同盟と社民党の大連立政権(2005年)、保守とリベラル政党による中道右派政権(2009年)に政権交代した。


社民党と緑の党の中道左派政権は2000年、電力業界と2022年を目処にすべての原子炉を停止して、脱原発することで合意。脱原発政策は2002年、立法化された。


しかし2009年に誕生した中道右派政権は2010年秋、脱原発政策を見直し、脱原発時期を原子炉毎に8年ないし14年延期することを決定する。しかしそれは、2011年3月に東日本大震災に伴う福島第一原発の事故が起こったことで、直後に撤回された。


その間、低中レベル放射性廃棄物と高レベル放射性廃棄物で分けて最終処分すべきかどうかの議論が続いていた。しかし2006年、低中レベル放射性廃棄物用に計画されていたコンラート最終処分地の運用許可が下りる。コンラートは、元鉄鉱石炭鉱跡を利用したものだった。だが既存施設の技術的な問題が発覚し、依然運用できない状態が続いている。


さらに、放射性廃棄物を地層処分しても、一定の期間回収できる可能性を残しておくことが、最終処分の国際標準になろうとしていた。そのためドイツは、放射性廃棄物を永久に埋めたままにするとしていたこれまでの最終処分構想の見直しを迫られることになる。


ドイツは長い間、最終処分する地層として岩塩層に固執し、調査してきた。しかしその最初の調査坑であるアッセにおいて、地層での水漏れの問題が発覚する。さらに、不適切な処分やずさんな管理も明らかとなった。


ドイツがそれまでこだわってきた岩塩層の問題については、別途述べることにしたい。


こうした背景から、それまで最終処分問題を棚上げしてきたメルケル政権は、最終処分問題に真剣に取り組まなければならなくなる。ここでは、脱原発に反対してきたメルケル首相の政党である保守のキリスト教民主・社会同盟が、脱原発はもう避けることができないと納得したことが大きいと思う。


その結果、政府と同党が、与野党共同で最終処分地の選定を行う方向に転換する。脱原発に最も反対していたキリスト教社会同盟の国会議員に聞いた時も、最終処分問題では党議拘束をはずし、すべて議員の判断に任せると話していた。


こうして2013年7月、最終処分地選定法ができる。なお同法は、最終処分地を選定する手続きと方法を定める手順を規定したものにすぎない。


ただそれとともに、ドイツの最終処分地の選定がようやく再開されることになる。ぼくはここで、最終処分地選定問題を与野党超党派で取り組むと決めたことが、とても重要なポイントだと思っている。


そのため、国会が最終処分地選定の中心となる。


日本でも最終処分候補地の選定は、政府中心ではなく、超党派で取り組むべきだと思う。それは、国全体、社会全体の課題だからだ。


(2020年9月01日)
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ワールド放射性廃棄物レポートのダウンロード:
The World Nuclear Waste Report 2019 (英語版)
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