2021年3月10日掲載 − 脱原発
ドイツ政府はなぜ、脱原発で損賠賠償をするのか

ドイツ政府は2021年3月05日、2011年の福島第一原発事故後に確定したドイツの脱原発によって停止された原子炉に対して、総額約25億ユーロ(約3200億円によ相当)の損害賠償を支払うことで電力会社と合意したと発表した。


ドイツ政府は福島第一原発事故直後、1980年以前に稼働した古い原子炉8基を停止させた。その後、同年8月に原子力法を改正。停止した8基の停止を法的に確定するほか、残りの原子炉9基も段階的に停止し、最終的に2022年末までにすべての原子炉を停止することを規定した。


ただこの政府の決定に対し、原子炉を有する電力大手4社が損害賠償などを求めて提訴していた。一部電力は、国際仲裁裁判によって問題を解決する手段にも出ていた。


ドイツ憲法裁判所も2016年12月に、主に3つの原子炉に対する停止要求は違憲とするほか、2020年11月の判決で、ドイツ政府に損害賠償についてはっきり規定するよう求めていた。詳細は、本サイトの記事「独憲法裁判所、脱原発による損賠賠償の再規定を求める」を参照してほしい。


福島第一原発事故を契機に脱原発を決定したメルケル首相の英断は、今も日本では賞賛されていると思う。でもその英断は、実は違憲だった。その違憲決定によって、ドイツ政府が今回、損害賠償をしなければならなくなったともいえる。


2011年の脱原発は、なぜ違憲なのか?


ぼくはこれまで、ドイツの脱原発は2011年のメルケル政権の脱原発ではなく、2000年のシュレーダー政権時に電力との間で合意された脱原発だと主張してきた。それによって、ドイツは2022年を目処に、それまでに段階的にすべての原子炉を停止することになった。


当時シュレーダー政権がなぜ、脱原発を実現するために電力業界と合意したのか。


それは、政府が法的権力によって脱原発を規定しても、違憲だとして多額の損害賠償を請求される心配があったからだ。それを避けるため、当時は電力側の合意を得て脱原発の道筋を決めた。


それに対し、シュレーダー政権後に誕生した保守中道の第一次メルケル政権は、2010年秋この脱原発合意を見直し、原子炉毎に稼働年数を延長させる。その結果、最終的な脱原発を2036年までに延期することを法的に規定した。


それによって、電力側には原発を続け、そのために投資する法的基盤ができた。その基盤が、2011年3月に福島第一原発事故とともに崩壊する。メルケル政権は法的権力によって強制的に原子炉を停止させ、脱原発の最終時期を2022年末までに引き戻した。


ドイツ憲法裁判所がドイツ政府の脱原発を違憲とする根拠は、この点だ。


2000年と2010年の原子力法改正によって、法的に規定された原子炉稼働期限と、それに基づいて規定された原子炉毎の残発電量が、2011年の法律改正によって没収される形になったからだ。さらに稼働期限延長によって保証された原発への新たな投資基盤が破棄された。これは、法的権力による財産没収を意味する。


憲法裁判所は、この財産没収を違憲だとする。


電力側も、2011年の原子力改正後、いろいろな形で法的手段に訴えてきた。


今回ドイツ政府は、憲法裁判所の判決に基づき、原発を有する電力会社と損害賠償額で合意した。それに対し、電力側は今回の合意とともにすべての法的手続きを放棄する。


福島第一原発事故10年を前に、福島原発事故を契機に決まったドイツの脱原発が10年かかってようやく決着した。


(2021年3月10日)
記事一覧へ
関連記事:
独憲法裁判所、脱原発による損賠賠償の再規定を求める
原子力バックエンド資金の分担案を提示
ドイツの最初の脱原発政策(PDFダウンロード)
関連サイト:
ドイツ経済省のプレスリリース(ドイツ語)
この記事をシェア、ブックマークする
このページのトップへ