2021年8月15日掲載 − 小さな革命
東西ドイツが分断された日

今から60年前の1961年8月13日、東西ベルリンの国境が封鎖される。市民は自由に行き来できなくなった。それから東西ベルリンと東西ドイツにいわゆる『壁』が建設される。


コンクリート製ブロックでできた頑丈な壁ができあがったのは、80年代半ば頃だと見られる。それまでは、まだ鉄条網だけというところもあった。


この1961年8月13日が、ベルリンばかりでなく、ドイツが分断され、市民の往来が遮断された日だ。それ以降、東西ドイツは38年間分断されたままとなる。


ぼくは毎年8月13日になると、クリスティーンさんのことを思い出す。クリスティーンさんは1961年8月13日、西ドイツのレヴァークーゼンに暮らす両親の元にいた。姉が結婚するので、東ドイツのライプツィヒから両親のところにきていたのだった。姉の結婚式は、前日に終わっていた。その日はみんな、夜遅くまで祝杯をあげた。


翌日の13日、一番早く起きたのはクリスティーンさんだった。すぐにラジオのスイッチを入れる。すると、ベルリンとドイツの東西国境が封鎖されているという。東西の往来が遮断されるのだ。


クリスティーンさんは咄嗟に、すぐにライプツィヒに帰らなければならないと思った。さもないと、もう東ドイツに戻ることができない。当時15歳だったクリスティーンさんの直感だった。


クリスティーンさんはすぐに父親を起こし、ライプツィヒに帰りたいと説得した。父の承諾を得ると、すぐに持ち物をカバンに入れ、一人で汽車でライプツィヒに向かった。しかしクリスティーンさんは、東西ドイツの国境検問所で、東ドイツの兵士から汽車から降りるように指示される。申請されていた再入国日よりも、数日早く東ドイツに再入国しようとしたからだった。


15歳のクリスティーンさんは個室に一人閉じ込められ、長い間待たされた。不安で、押しつぶされそうだった。


そのうちに、養母がライプツィヒから呼び出され、クリスティーンさんを引き取りにきた。クリスティーンさんは養母と一緒に、汽車でライプツィヒに向かうことができた。汽車に乗った時、辺りはすでに真っ暗になっていた。


クリスティーンさんの両親は1949年、上三人の子どもを連れて西ドイツに移住していた。父親が東ドイツ当局から、反対体制派だと見なされていたからだ。父が一人で先に西ドイツに逃れ、その後母と三人の姉が父を追って東ドイツを出た。


一番末っ子のクリスティーンさんだけはまだ小さいので、里親となる養母に預けられ、東ドイツに残ったのだった。


クリスティーンさんにとり、姉の結婚式のために西ドイツに行くのは家族の元に残る絶好のチャンスだった。しかしクリスティーンさんは、両親の元に止まろうとしなかった。家族とは、もう再会できないかもしれない。それを覚悟の上で、養母の元に戻る決心をする。


クリスティーンさんは、養母がいるからというよりは、とにかく小さい時に育ったライプツィヒに戻りたかったのだという。あの日まで、クリスティーンさんは二回、両親を訪ねていた。その都度、こどもながらに、西ドイツ社会がお金中心の社会だと感じていた。それでは、貧しいクリスティーンさんに自由はないと思った。勉強もスポーツも、自由に選ぶことはできない。


もしあの時、親の元に残っていたら、東ドイツで受けたような高等教育を受けることはできなかっただろうと、クリスティーンさんは回想する。あの時、自分で自分の自由のために決断したことを誇りに思っているといった。


こういうクリスティーンさんだ。東ドイツに対して反体制的な考えを持っていた。大学まで高等教育を受けることができたものの、自分の思う職業につくことはできなかった。でもクリスティーンさんは、後悔していないといった。


ぼくはドイツ統一から10年経った2010年10月、クリスティーンさんから統一ドイツの状況をどう思うか聞きたくて、クリスティーンさんに電話を入れた。風邪をこじらせたので、よくなったら折り返し電話するといわれた。でも、いつまで経っても電話がこない。


そのうち、夫のジークマールさんから手紙がきた。封筒には黒い線が入っていた。ぼくはハッとした。封筒の黒い線は、不幸があったことを示すからだ。封を切ると、ジークマールさんの手紙とクリスティーンさんの写真が入っていた。クリスティーンさんが2010年11月に亡くなったという。クリスティーンさんの状態があれから急に悪化し、亡くなったのだった。


今ドイツでは、教育の格差が大きな問題になっている。親の経済力が、子どもの教育レベルにそのまま反映されている。ドイツの状況は、OECD(経済協力開発機構)のレポートでも問題視されている。


クリスティーンさんが生きていたら、何というだろうか。


後記:拙書『小さな革命・東ドイツ市民の体験』(言叢社刊)では、クリスティーンさんのことをもっと書いています。関心のある方は、のぞいてみてください。


(2021年8月15日)
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