2018年7月掲載 − 小さな革命 − J・Oのベルリン便り
アッハソー、2002年2月

小生はこの時期になると、ドイツがいやでいやで、永久に脱出したくなる。こんな単細胞のドイツ人とはもう一緒に暮らしていけない、というのが正直なところ。それはなぜか。カーニバルなのだ。カーニバルの時期になると、ほとんど毎晩、公共放送ではカーニバル番組というのが放映される。これがいけない。もちろん、毎晩違う番組なのだが、これがどれを見ても同じ。同じなのだ。また、同じなのだ。もちろん、小生はこういう番組は見ない。しかし平均すると、毎晩500万人も見ているという。ただ唯一の救いは、50歳未満の視聴者はそのうちの10%前後ということだ。


なにがいやかというと、すべてがいけない。まず、ブチャ、ブチャ、ブチャ、のブラスバンド音楽。くだらない出し物。舞台上で著名人などが世の中を諷刺したりして、演説をぶつのだが、これがまったくおもしろくない。誰が話しても、内容には遜色がない。しかし、会場はお騒ぎ。ビールを飲みながらお笑いして、ゲラゲラ笑っている。それがまた、みんなクーロン人間ではないかと思われるくらいによく似て見える。それからまた、番組の放送時間が長いということ。3時間は同じことをやっておる。そのため、ニュースの放送時間は延期される。もちろん小生は、こんなくだらない番組は見ないからいい。しかし、こういう番組が流れていると思うだけで腹が立つ。


ベルリンを含めてドイツの北部では、カーニバルは盛んではない。カーニバルを馬鹿にしているドイツ人も多い。ただ政府機能のベルリン移転で、ボンからカーニバル気狂いがたくさんベルリンに移住してきた。その影響で、ベルリンでもパレードが出るようになってきたから困る。知人のロスヴィータはボン在住。彼女はボン出身にもかかわらず、カーニバルが大嫌いで、この時期になるとベルリンに逃げてくる。それに対してご亭主は、大のカーニバル狂いなので、いつも一人で避難してくる。ベルリンでお芝居やオペラ、美術館などまったく違うドイツ文化を満喫して、またボンに帰っていく。今年は、彼女がベルリンにきているとは聞かなかったので、彼女の”カーニバル避難地”ベルリンもかなりカーニバルに染まってしまったということか。


ただ、カーニバル自体は悪いことではない。パレードの出し物には政治諷刺があるし、世の中の流れが反映されている。南西部のカーニバルには、キリスト教以前の厄介払いの意味が残っていて、地方色も豊かだ。デュッセルドルフに引っ越したK子ちゃんは、一度八歩着に手拭いを頭に巻いて、顔をぐちゃぐちゃに塗りたくって、パレードに個人参加した。箒を持っていたかどうか、記憶にないが、沿道の観衆からは何回も、「あんたには負けた」といわれたとか。もちろん、その日は一日中飲みまくったという。参加後、K子ちゃんは「もう気分がすっきりした」といっていた。


寒くて長い冬が終わろうとしている頃に、閉じこもった気分を発散させるカー二バル。精神的には非常に健康的だ。しかし、カーニバルが最も盛んなラインラント地方はドイツでもずっと暖かい。むしろ暖かい地方に暮らしているから、どんちゃん騒ぎができるのかもしれない。どんちゃん騒ぎのできないベルリンは、寒い、寒いと、暗い気分を溜めていくだけなのか。しかし、ベルリンにいてよかったと思うのは、暗ーい引っ込みがちな小生の性格だけからではあるまい。(J・O)


(2002年2月1日)
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