2018年7月掲載 − 小さな革命 − J・Oのベルリン便り
アッハソー、2004年12月

もうドイツに来て、来年5月で20年になる。まあこれだけ異国の地で生活すると、いやなことや頭にくることもたくさん体験してきた。気の短い小生だが、この店にはもう二度とこないと啖呵を切って出てきた店が何軒あるだろうか。こうして店を出る毎に、連れ合いには、もう何軒目かしらとからかわれている。しかしここのところ、啖呵が出なくなっている。歳のせいで丸くなったのか。いや、そうでもない気がしている。どうも、ドイツで生活することはこういうことなのか、と思えるようになってきたようなのだ。


偶然知り合ったAさんは、ドイツ滞在5年の日本人。同じ歳頃だと思えるのだが、いまだにあちこちで頭にきては、啖呵を切ったりすると、Aさんのドイツ人の連れ合いが笑っていた。


Aさんの連れ合いと話をしていて、お互いにそうだと思ったのは、日本人はとかく、あらゆることを個人的に受け取りやすいということだ。それで、どうして自分に対してこういう態度をとるのだと考えては、不快に思ったり、頭にきて、切れやすくなる。ドイツ通だと豪語する、知り合いの日本人女性は、日本でドイツに関する本などを出版しているのだが、ドイツにくると、自分がバカにされているとか、下に見られているのかと思って腹が立ってしまう、とよく口にする。


確かに、ドイツではサービスが悪い。どっちが客なのかわからないことがあって、客のほうが気を使って店員の機嫌をとらなければならない場合が多い。しかしこれは、日本人だから、いや外国人だから、そういう態度をしているのではなく、誰にもそういう態度をしているのだ。


最近、チラシの広告用に「新しい生き方を追求したい」という日本語をドイツ語でどう表現するかが問題となった。日本語はちょっと青臭いのだが、わざわざこうして遊んでいる。もちろん、こんな遊びはドイツ人には理解されない。ドイツ人のAは、人生というのは1回しかないのだから、新しいというのはおかしい。また、自分の生き方に満足している人もいるので、こういう表現は反発を食う、という。なんだ、こいつ、重箱の隅を楊枝でほじくって、揚げ足でも取っているのかと思ったのだが、先方はまじめそのものなんだな、これが。それで何人ものドイツ人といろいろやりとりすることになるのだが、それがまた、思いもよらずにたいへんなことになった。議論を重ねる毎に、袋小路に入っていってしまうのだ。みんなそのまじめさ故に、これはこうでなければならない、そういう論理は通用しないとか、何とかいってくる。でも、こういう見方もあるだろうというと、確かにそうだが、ドイツ語ではそうはいかないと我をはる。それがみんな、それぞれ別の論理を展開するものだから、いっこうに問題は解決しなかった。


それでわかったことは、ドイツ語のことばは意味の幅が狭くて、ことばの裏に隠れた意味は表現しにくい。だから、ことばの意味内容で遊ぶ余地がほとんどといっていいほどないということだった。これはドイツ語ばかりでなく、ドイツ社会や生活にも感じられることで、そうしたことが異国からきた小生をいらだたせているのではないだろうか。


ただいらだつのは、この時はこういう反応があるはずだという期待があるからで、その期待は日本で育った異国人の習性や文化が前提となっている。だから、ドイツ人は自分の期待通りに反応しないのは当たり前なのだが、島国からきた小生には異国人との経験が少ないものだから、それを個人的な攻撃だと受け取っていたのだと思われる。それが今は、ドイツに生活する限り、こういう時にはこうなることが多いとようやくからだでわかってきたと同時に、それを容認できるようになったので、それほどいらだたなくなってきているのだと思う。


何と長い年月を要したことか。小生はこれでようやく少しずつドイツのことがわかってきたのかもしれない。(J・O)


(2004年12月1日)
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