2023年12月04日掲載 − HOME − ぶらぼー! − バロックオペラ
シャルパンティエの⟪メデ(メデア)⟫

ベルリン国立オペラで、フランス・バロック音楽の作曲家マルカントワーヌ・シャルパンティエ(1643 - 1704年)のオペラ⟪メデ(メデア)⟫を観た。


「メデア」というと、同じくフランスの作曲家ルイジ・ケルビーニ(1760 - 1842年)の代表的なオペラ⟪メデア⟫なら知っているという人がいるかもしれない。ケルビーニのメデアは、マリア・カラスのはまり役だった。それに対し、シャルパンティエのことは聞いたことがないと思う。


ぼくも今回、シャルパンティエのことをはじめて知った。フランスの民族的オペラの基盤を築いたジャン-バティスト・リュリ(1632 - 1687年)と同時代の作曲家。リュリがルイ14世に使えた宮廷作曲家だったのに対し、シャルパンティエは宮廷から距離を置いた。


多作のシャルパンティエだったが、作品には宗教曲が多い。それは、宮廷から距離を置いたせいだったかもしれない。それでも、オペラを5作品書いている。その一つがこの⟪メデ(メデア)⟫だ。


コリント王クレオンテの英雄となった前夫ジャゾーネが復縁に応じないことから、メデアが復讐から、自分とジャゾーネの間に生まれた二人のこどもを殺してしまうギリシャ悲劇を題材にしている。


シャルパンティエは、フランスのバロックオペラによく見られるように、アリアとレチタティーヴォの区別をはっきりさせず、ヴァグナーのオペラのようにオーケストラが最初から最後まで演奏し続けるような形式を取った。合唱部分がとても重要な要素となっており、合唱によって話の筋をうまく説明させる。ダンス音楽も入り、バロックオペラにおけるこの形式が、作曲家ジャコモ・マイアベーアに代表されるフランスのグランド・オペラにつながっていくのがよくわかる。


シャルパンティエの⟪メデ(メデア)⟫では、登場人物の心の動きや感情の揺れが台本にうまく描き出されている。それが、このオペラの真髄だといってもいい。


シャルパンティエの音楽は、ところどころでとてもきれいな音楽が醸し出されるが、どちらかというと一本調子。登場人物ごとの感情の動きが描き分けられていない。


メデアの激情にも、ダイナミックな音楽がない。その点で、ダイナミックな音楽でメデアの激情をガンガン表に出してくるケルビーニの⟪メデア⟫とは、まったく異なる作品になっている。


ケルビーニの⟪メデア⟫ではむしろ、激情がダイナミックに描かれるだけで、メデアの感情に揺れがないことにむしろ、矛盾を感じてしまうことも多い。


その点でシャルパンティエの⟪メデ(メデア)⟫では、登場人物それぞれの心の葛藤がことばで見事に描かれている。人の心だなあと、しっくりと納得してしまう。


指揮はイギリスの指揮者サー・サイモン・ラトル、演奏はフライブルク・バロック管弦楽団だった。欲をいうと、ラトルがもう少しアリアとレチタティーヴォをもっとはっきりと区別して演奏してくれると、もっとメリハリのある音楽になったのではないかと思う。


メデア役のマグダレーナ・コジェナーはこれまでいろんな機会で聞いているが、正直なところ満足できないことが多かった。今回も最初、声がよく出ていなかった。しかしメデアの感情が表に出てくるにしたがい、次第によくなってきた。これまで聞いた中では、一番よかったかもしれない。


演出は、アメリカの演出家ピーター・セラーズ。ラトルはベルリンフィルの音楽監督時代に、バッハの⟪マタイ受難曲⟫と⟪ヨハネ受難曲⟫をセラーズの演出で手がけたことがある。その時、バッハの作品が現代に結びつけて解釈されていた。受難の場を原発事故のあったチェルノブイリとするなど、作品からかなりかけ離れて演出されていた。


今回セラーズは、メデアを金網の柵に閉じ込めた。これは、女性が男性中心社会において拘束、差別されている状況をイメージしたものだと見られる。しかしそれだけでは、メデアの激情の激しさは現れない。女性問題を現代の社会問題とするのは理解できるが、この悲劇には内面のもっとすさまじい激情があるはずで、この演出ではそれが出てこなかった。


とはいえ、めったに上演されないシャルパンティエの作品を体験できたのは、価値のある発見だったと思う。


(2023年12月04日)
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関連サイト:
ベルリン国立オペラの⟪メデ(メデア)⟫のページ
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