ヘンデルのオラトリオというと、⟨メサイア⟩が最も知られていると思う。
ヘンデルのオラトリオは15曲以上もある。そのうちのほとんどは、1739年以降に、ロンドンにいた時に書かれている。ヘンデル晩年の作品ともいえる。歌詞は主に、英語だ。
⟨メサイア⟩以外に現在も演奏されるオラトリオになると、後は⟨エジプトのイスラエル人⟩くらいだろうか。いや、⟨マカベウスのユダ(あるいは、ユダス・マカベウス)⟩も演奏されることがあるという。
それ以外にも、⟨サウル⟩や⟨セメレ⟩がオペラ劇化して、オペラハウスの演目に載ることもある。
ベルリンの室内合唱団であるRIAS室内合唱団は毎年元旦に、バロック音楽作品を上演している。ぼくにとってはとてもありがたい公演。
ぼくにとって今年のお正月は、ヘンデルのオラトリオ⟨マカベウスのユダ⟩ではじまった。
⟨マカベウスのユダ⟩といっても、誰も知らない人が多いと思う。ただその第3部第58曲の「見よ勇者は帰る」のメロディは、ほとんどの人が知っているはずだ。
ドイツを中心に欧米諸国では、このメロディに讃美歌の歌詞「よろこべやたたえよ」が付けられ、クリスマスやイースターに歌われることが多い。
さらに日本ではこのメロディを、イギリスの軍楽隊員ジョン・ウィリアム・フェントンが明治時代に紹介。現在でも、表彰式などで演奏される一種の『賞を得たことを讃える歌』として、ほとんどの人が耳にしていると思う。
ターンターンタターンターン タタタタタンタンターン タタタタタンタンターンタン タンタタターンタターン
オラトリオは、18世紀中頃にあったジャコバイトの反乱において活躍し、反乱を鎮圧したカンバーランド公爵がスコットランドから帰還するのを祝うために作曲された。
そのためにヘンデルと台本を書いたモーレルは、旧約聖書続編の『マカバイ記』に登場するユダ・マカバイの英雄物語を使ったのだ。紀元前170-160年にセレウコス朝に支配されていたユダヤが、ゼウスの崇拝を強要され、ユダヤ教が絶滅されようとしたが、解放された物語だ。
指揮はRIAS室内合唱団の首席指揮者・芸術監督のジャスティン・ドイル、演奏はベルリン古楽アカデミーだった。
合唱の部分は、とてもよく仕上がっていた。それに対し、オーケストラの部分は、指揮者の意思が通じていないというか、そこまで十分に準備されていなかったと感じる。
さらに、指揮者ドイルがこのオラトリオで描かれたドラマを自分でどうつくり上げるのか、それが見えてこない。それは、合唱団指揮者の限界なのだろうか。
ただそれを、指揮者のせいだけにするのは不公平だと思う。
ヘンデルの音楽は表情豊かなのだが、たとえば⟨メサイア⟩に比べると、音楽にダイナミックさがない。ドラマにも欠ける。ヘンデルが義務的に書いた作品かなと感じられる。
当時の時代背景からすれば、ロンドンの人たちを歓喜させるには、それで十分だったかもしれない。しかし現代においては、当時の時代背景がない分、何か物足りないと感じる。
もう一つぼくの個人的な意見をいうと、今ウクライナで戦争が行われている時に、この作品を取り上げるのは賛成できない。暗い世の中なので、勝利を歓喜する作品によって少しでも明るい気持ちにしたかったのかもしれない。
しかし今、戦争においては勝者も敗者もない。たくさんの罪のない人が命を落とすだけだ。戦争は歓喜できるものではない。当時と違い、今はその現実がわかっているはずだ。その現実から目を晒し、勝利を歓喜する作品を取り上げるのは、どういう意識なのだろうか。
ぼくには納得できない。
(2023年1月12日、まさお) |