2024年6月24日掲載 − HOME − ぶらぼー! − オペラ
ムソルグスキーのオペラ⟪ホヴァンシチナ⟫

作曲家ムソルグスキーの作品を知っているだろうか。ええ、そんなの聞いたことがないと思うかもしれない。しかし⟪展覧会の絵⟫ や⟪禿山の一夜⟫ は、学校の音楽の時間などで聞いたことがあるのではないか。


それは、ムソルグスキーの作品だ。ただムソルグスキーのオペラ作品になると、もっと知られていない。最も知られているオペラ作品は、⟪ボリス・ゴドゥノフ⟫ か。とても劇的な作品。オペラ作品の中でも、大作中の大作の一つだ。


次に演奏される機会のあるのが、⟪ホヴァンシチナ⟫ だと思う。「ホヴァンシチナ」は、「ホヴァンスキー物語」とか、「ホヴァンスキー事件」とでもいおうか。銃兵隊長官ホヴァンスキー公親子に関わる史実に基づいている。


ムソルグスキーのオペラは、ロシアの史実と現実の生活をテーマにしており、内容はとてもロシア的。音楽にも、民族的なメロディーがあちこちに盛り込まれている。その点で、話の筋は単純ではない。とっつきにくいところもある。


しかしオペラとしては、内容と音楽の構成力が抜群。ムソルグスキーの見事な手腕が感じられるばかりか、ロシア文化の伝統のすばらしさと深さに今更ながら感動させられる。


その⟪ホヴァンシチナ⟫を先日、シモーネ・ヤング指揮、クラウス・グート演出でベルリン国立オペラで聴いた。


オペラは、西欧化を進めようとするピョートル大帝に抵抗して、ホヴァンスキー公親子とその従者たちが造反する物語だ。ホヴァンスキー派はロシア正教会古儀式派と組むが、反乱は最終的に失敗に終わる。


ホヴァンスキー公は暗殺され、息子アンドレイは修道女マルファに誘われ、古儀式教徒と一緒に自決する。最終幕は、その古儀式教徒の集団自決で幕となる悲しい話だ。


その史実と並行して、ホヴァンスキー公の息子アンドレイに対する修道女マルファの愛が描かれ、単なる史実だけではない人間のドラマが展開される。マルファがアンドレイに対する想いを歌うアリア「若い娘は歩き回った」はとても美しい。ドロドロとした史実から救われる瞬間だ。


この作品は未完で終わった。オーケストレーションもほとんどされていなかった。


ムソルグスキーの没後まず、旧友の作曲家コルサコフがオリジナルを削除、改作しながらかなり書き換えた版を仕上げる。その後、ムソルグスキーを親愛するシェスタコーヴィチが原作にできるだけ忠実に書きあげた。現在は、このシェスタコーヴィチ版で演奏されるのが普通だ。


ベルリン国立オペラではシェスタコーヴィチ版に、最後の集団自決する合唱終曲だけがストラビンスキー版が使われた。


ぼくはかなり以前に、⟪ホヴァンシチナ⟫ を聴いている。クプファーの演出だったのではないかと思っているが、どこでだったかはもうはっきりとは覚えていない。


ただそれはもう、どうでもいい。今回のベルリン国立オペラの公演は、音楽も演出もここ最近では最高のもの。「すごがった!」につきる。センセーショナルだったといわなければならない。


指揮のヤングはとかく音楽が硬くなる傾向があるが、今回はとても冷静で、気持ちが高揚することなく、音楽を柔らかく、表情豊かに描きだしていた。こんなヤングははじめてだ。


グートの演出はこれまでも、いろいろなオペラ作品で体験している。しかし演出の構想が凝っていても、解釈に明確さ、鋭さがなくて、ぼくには気に入らなかった。しかし今回の演出は、とても鋭い。話の筋が変わる時のコントラストがはっきりと描き分けてある。


特にピョートル大帝時代のロシアの史実が、現在のプーチン大統領の体制とダブって見えるように意識されている。この新演出公演は元々、コロナ禍でキャンセルされたもの。それが今回、復活した。


2022年2月にロシアによるウクライナ侵攻後、戦争が今も続いている。過去の史実と現在の戦争がよりダブって見える。


歌手は全体として、粒がそろっていてすばらしかった。特に、古儀式教徒の指導者ドシフェイ役のタラス・シュトンダ(バス)とマルファを歌ったマリーナ・プルデンスカヤ(メゾソプラノ)が役にぴったりという感じだった。


ロシア芸術の真髄に迫ったすばらしい公演。その最高の公演を4000円程度のチケットで観ているのだから、なんと幸せなんだろう。ぶらぼー!


(2024年6月24日、まさお)
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関連サイト:
ベルリン国立オペラのサイト
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