ぼくは、ヤナーチェクの音楽をすばらしいと思う。好きだ。
ヤナーチェクの音楽には、難しいところがある。しかし規則性が少なく、とても自然だ。つくりものだという感じがしない。民俗性を土台にして、それに究極的な芸術性を持たせている。それが、何といってもすごい。
民俗性に徹するから、人間の心のひだがつくりものではなく、自然と現れてくる。だから、人の心の深層の動きがよりダイナミックに描かれる。
ぼくがヤナーチェクのオペラ〈マクロプロス事件〉のあらすじを知った時、話の筋が複雑すぎ、こんなのはオペラの題材にはならないと思った。
話の筋を簡単にいうと、こうだ。
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エミリア・マルティ(マルリス・ペーターゼン)が登場するところとダンサーたち ©Monika Rittershaus。ベルリン国立オペラハウス提供 |
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財産相続問題で、100年以上も代々裁判で争っているプルス家とグレゴル家。グレゴル家の弁護士のところに突如として、有名なオペラ歌手エミリア・マルティが現れる。
弁護士やプルス家、グレゴル家の一同が、マルティが相続問題を解決できる両家の経緯や必要な証明書類のありかを知っているのに驚かされる。さらに必要な書類も送るという。
そのうちにマルティは、自分の正体を明らかにしなければならなくなる。
マルティは、エリーナ・マクロプロス、337歳。マルティの父親は16世紀後半、神聖ローマ帝国皇帝の侍医だった。皇帝から不老長寿の薬をつくることを命じられた。その薬ができると、皇帝はそれを娘に試すよう命じたのだった。
それとともに、300年の生命を得たエリーナ。300年を経過して、死が近づいてきた。父親が開発した「マクロプロスの処方」といわれる処方箋を取り戻すため、一同の前に現れたのだった。
処方箋を手にしたエリーナ。だが、死が迫ってきたことを知る。「あっという間に死ねるあなたたちは、幸せね」という。処方箋を一同の若い娘に託そうとするが、娘は処方箋を炎の上にかざし、灰にしてしまった。エリーナは「わが父よ」といって、この世から去ってしまう。
話の筋は、チェコの劇作家カレル・チャペックの『マクロプロス家の秘伝』からのもの。台本は、ヤナーチェク自身が書いた。
ぼくはこうして、逐一話の筋を説明した。だがオペラでは、話の筋が細々と説明されるわけではない。舞台において謎の女マルティのミステリーが次第に解明されていく。同時に聴衆は、話しの筋が理解できるようになる。
その構成は、見事というしかない。
ヤーナチェクの音楽は、単に複雑な物語の伴奏となっているわけではない。最後まで通しで作曲され、物語のミステリーさに様々な色合いをつけ、物語を引っ張っていく。謎の中心になっているといってもいい。
ぼくはヤナーチェクのダイナミックな音楽に、「わー!」と何回度肝を抜かれたかわからない。
指揮のサイモン・ラトルは音楽構成をしっかりと把握し、ダイナミックさを綿密に描き出していたと思う。クラウス・グートの演出は、ミステリーで複雑な物語をできるだけ現実的に描き、視覚的にわかりやすいように工夫していた。演出が決して、音楽の邪魔をしないのにも感心した。
エミリア・マルティ役は、とても難しい役柄。ソプラノ歌手マルリス・ペーターゼンは、それにぴったりだったと思う。
ヤナーチェク音楽のすばらしさ、すごさを満喫させてもらったと思う。
2022年2月25日、ベルリン国立オペラにて鑑賞。
(2022年8月02日、まさお) |