ベルリンにおいて、英国の現代作曲家を積極的に紹介しているラトルだが、今回は現代音楽の世界にライブの電子音楽を取り入れているジョナサン・ハーヴェイの《冬と春のマドンナ》を取り上げた。
電子音楽は会場に取り付けられたスピーカを通して残響のように右から、左からと交錯し、舞台から奏でられるオーケストラの響きに混合される。フィルハーモニーの会場はこうした試みにはピッタリで、天上からの響きが会場に伝わっているかのように錯覚させられる。
音楽のテーマは聖母マリアだが、音楽自体からは宗教的なテーマは感じられない。むしろ、聖堂の中にいるような空間的な広がりと、作品の最後に集約されている神聖さを実体験させることを意図している。
ラトルがハーヴェイの《冬と春のマドンナ》を持ってきた意図は、後半のストラヴィンスキーのメロドラマ《ペルセフォーヌ》を聞くと、呑み込める。
《ペルセフォーヌ》はホメロスの原作から、アンドレ・ジイドがフランス語で書いたテキストにストラヴィンスキーが作曲したバレエ・カンタータ。ロシア系ユダヤ人で、ロシア・バレイ団のイダ・ルビンシュタインのために書かれた作品だ。この作品は、ギリシア神話の神ペルセフォーヌの語りとオーケストラの響きを組み合わせたもので、前半のハーヴェイの電子音楽とオーケストラの組み合わせに対比されている。
ストラヴィンスキーの《ペルセフォーヌ》では、単調だがレチタテーヴォのように流れるフランス語の柔らかい響きに、物語の説明役であるテノール(トビィ・スペンス)と冥界からの声である合唱が組み合わせられている。オーケストラはむしろ、“伴奏役”だ。
オーケストラの音楽は、ストラヴィンスキーの音楽としては珍しく、大胆なダイナミックさがない。テキストが優先され、音が最小限に“節約”されているのだ。その反面、ロシアの民族性や土の匂いが肌身にまで染み渡る。
ラトルはこうしたストラヴィンスキーの音楽造りを配慮して、合唱とオーケストラの組み合わせでダイナミックに作曲されているわずかな箇所以外では、決して大きな音楽造りをしない。音をつなげて、アンサンブル的な音楽造りに徹底する。一面では、これはストラヴィンスキーの音楽としては物足りなさを抱くのだが、その反面、繊細な組み合わせの妙を感じさてくれる。
《ペルセフォーヌ》はあまり上演されない作品となっているが、それは、オーケストラの音楽に語り手を組み合わせるのがたいへん難しいからではないだろうか。その難しい役に、フランスの名女優イザベル・ユペールが挑戦したわけだ。ユペールの独特の魅力のある声は、オーケストラの音楽に支えられながら、天上の神からの声と錯覚するかのようだった。
ふくもとまさお
(ベルリン、2006年9月10日)
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