2022年9月12日掲載 − HOME − ぶらぼー! − オーケストラコンサート
マーラー5番、音楽は愛の妙薬?

ヴィスコンティ監督の映画『ヴェニスに死す』。映画は、トーマス・マンの小説を映画化したものだった。小説では、主人公アッシェンバッハが作家として描かれている。しかしモデルは、作曲家のマーラーだった。


ヴィスコンティは映画において、アッシェンバッハを作曲家とした(ダーク・ボガート)。映画で使われたマーラーの交響曲第5番第4楽章アダージェットが有名になったのは、この映画のおかげだといってもいい。


ぼくもマーラーに入ったきっかけは、この映画だったのではないかと記憶する。


「アダージェット」とは、音楽用語で「アダージョより少し速く」という意味。しかしメロディーの美しさに酔ってしまい、テンポをアダージョよりも遅くして、陶酔する指揮者も多い。たとえばその典型は、ラトル指揮によるベルリンフィルの演奏ではないか。


実際には、陶酔しないで、自然なテンポで気楽な気分で演奏家に演奏してもらうほうが、聞く方にしっくりと伝わり、感動する。


それを一番うまく実現しているのは、ブルーノ・ヴァルター指揮によるヴィーンフィルの古い録音ではないか。ただヴァルターのアダージェットは、ちょっと速すぎるという人もいると思う。


先日、ベルリン放送交響楽団(RSB)と首席指揮者ウラディーミル・ユロフスキーが本番前に、リハーサルを公開した。リハーサルでは、本番のコンサートで演奏されるマーラーの交響曲第5番だけをユロフスキーの解説付きで、演奏した。


こうした試みは、新しいもの。指揮者も楽団員も私服とリハーサル光景だが、普段のリハーサルとは異なり、聴衆に作品を知ってもらうのが目的だ。


作品は全体で、5楽章で構成される。だが実際には、3部に分割して演奏される。各部門の前に、ユロフスキーがその都度、作品の構成と意味について解説した。


リハーサル後は会場の入り口ホールで、ビールやワインを片手に、聴衆が個別にユロフスキーや楽団員と一緒に、ディスカッションできる場も設けられた。


ユロフスキー
オーケストラ・リハーサルにおいてマーラーの交響曲第5番について話す首席指揮者のユロフスキー。2022年9月09日、ベルリンの放送会館ホールで撮影

ユロフスキーは語りがうまい。作品のポイントとなるところを、うまく解説する。当時、マーラーや批評家などが語った文章もうまく引用していた。マーラーの歌曲(たとえば、⟨リュっケルトの詩による5つの歌曲⟩など)のテーマが使われているところでは、自分でそのテーマをピアノで弾いて聞かせてくれる。


本番のコンサートまでは、まだ4日もある。そのためか演奏はまだ、雑なところが目立った。しかしユロフスキーの音楽が、すでに十分浸透していたと思う。


ユロフスキーはアダージェットを、それほど遅くしなかった。テーマやテンポの変わるところも自然で、うまく処理していたと思う。


さてこのアダージェットだが、実は、41歳のマーラーがまだ22歳だったアルマ・シントラーに愛を告白するために書かれたものだった。それがなぜ、アルマに伝わったのか。


それはアダージェットに、ヴァグナーのオペラ⟨トリスタンとイゾルデ⟩の第1幕で、イゾルデが侍女ブランゲーネに愛の妙薬を飲まされ、トリスタンとイゾルデが抑えていた愛を爆発させる時のテーマが盛り込まれていたからだ。


同じ作曲家のツェムリンスキーのところで作曲を勉強し、すでに自分の作品を出版していたアルマ。アルマには、すぐにピンときたのだった。


マーラーは愛を、ことばでは伝えることができなかったから、音楽で伝えたかったといったといわれる。ただマーラーは、2人の作曲家が結婚するのは難しいとして、自分の音楽をアルマ自身の音楽と考えてくれいないかと、アルマに作曲を辞めるようにも申し出ている。これは、ことばで伝えたのだった。


マーラーは、アルマに作曲を辞めさせたことを後悔していたといわれる。だが当時の社会からすると、マーラーの希望は当然だったのかもしれない。


マーラーは、50歳で亡くなる。それまでアルマは、マーラーの作品の清書をするなど、献身的につくしてきた。しかし晩年は、お互いの関係が冷え切っていたという。


ぼくの座っていた前の列に、60代くらいかなと思われる男女が座っていた。1席間を開けて座っている。まったく会話もしない。何となく、よそよそしくしていた。ぼくは、他人同士かと思っていた。


ところがだ。アダージェットの中盤に入ると、急に2人が手を差し伸べ、手をつなぎ出したのだ。ぼくは、エッと思った。だが後で、2人がカップルであることがわかった。


ああ、いい光景だった。それも、ユロフスキーの解説があったからだと思う。とはいえ音楽は、『愛の妙薬』なんだなあ。


2022年9月09日、ベルリンの放送会館ホールで鑑賞。入場は無料。ただし、事前に入場チケットを入手しておく必要があった。


(2022年9月12日、まさお)
記事一覧へ
関連記事:
みんなのためのクラシック音楽
クリスマスオラトリオは生活の一部
若者を引き付けるバロックオペラ
関連サイト:
ベルリン放送交響楽団(RSB)のサイト(ドイツ語)
この記事をシェア、ブックマークする
このページのトップへ