2022年7月07日掲載 − HOME − ぶらぼー! − オーケストラコンサート
ティーレマンがブロムシュテットの代役

ベルリン国立オペラのオーケストラ「シュターツカペレ」今シーズン最後のコンサートは、ブロムシュテット指揮で、モーツァルトの交響曲第34番とブルックナーの交響曲第7番が演奏される予定だった。


まもなく95歳になるブロムシュテットだが、コンサートの前々日に転んで怪我。高齢のため、念のため入院することになる。指揮ができなくなった。


そこで急遽、ブロムシュテットの代役となったのは、ティーレマンだった。ティーレマンは、ブルックナー7番はそのまま引き受ける。それに対し、モーツァルト34番に代わり、ヴァグナーのオペラ〈トリスタンとイゾルデ〉から前奏曲と(最後の)愛の死を選曲した。


ぼくの記憶が間違っていなければ、ティーレマンにとり、オペラとコンサートを含め、ベルリン国立オペラのシュターツカペレの前に立つのは、はじめてではないかと思う。ベルリン国立オペラ・デビューだ。


ここまで書くと、それはとてもラッキーな話だと思う人も多いと思う。


しかしぼくは、正直なところ、がっかりした。


ティーレマンが、ベルリンのシュターツカペレにどういう音を出させるのか。それには、たいへん興味があった。しかしぼくには、ティーレマンのトリスタンとブルックナーよりは、ブロムシュテットのブルックナーのほうに関心があった。


それはなぜか。


トリスタンとブルックナーには、格別な内面的な静けさが求められる。しかしティーレマンの指揮にはまだ、それが感じられない。それに対して高齢なブロムシュテットには、その静けさがある。ぼくは、ブロムシュテットのブルックナー7番を聞きたかった。


ぼくが聞いたブルックナー7番では、チェリビダッケ指揮とヴァント指揮による演奏が忘れられない。いずれも指揮者が、高齢になってからの演奏だった。


特に1992年3月、ベルリンのKonzerthausでチェリビダッケが40年ぶりにベルリンフィルを指揮したブルックナー7番は、歴史に残る伝説的ともいえる演奏だったと思う。


ぼくがブルックナーの音楽を聞けるようになったきっかけは、この時からといってもいい。その体験がなければ、ぼくはブルックナーが嫌いなままで終わっていたかもしれない。


ティーレマン
ベルリン・シュターツカペレとの演奏後、スタンディングオベーションの喝采を受ける指揮者のティーレマン。2022年6月28日、ベルリン・フィルハーモニー大ホールで撮影

ティーレマンは確かに、ヴァグナーとブルックナーのスペシャリストだ。ぼくはティーレマン指揮、ヴィーンフィルとベルリンフィルで、ブルックナーの8番を聞いたことがある。その時の音は、弦の音の深さといい、音色の豊かさといい、格別だったと思う。


しかしこの時、ティーレマンは内面的な静けさのなさをテンポと音の強弱の変化を激しくするほか、早いところではとても早いテンポで演奏させることで、カモフラージュしていたと思う。


今回も、そうだった。


トリスタンは、それのできる作品ではない。ティーレマンは、いつもオペラハウスで聞いているこのオーケストラの深い音を引き出すことができない。内面の静けさのひとかけらも感じられない。とても表面的なトリスタンになってしまっていた。


それに対し、ブルックナーの7番は、テンポの変化といい、音の強弱といい、ティーレマンの思う通りのことができたのはないかと思う。急な代役で、リハーサルも十分できなかったはずだ。それでもオーケストラは、ティーレマンの極端な要求によく応えていた。


最終的には、会場がスタンディングオベーションで喝采するくらいの見事なコンサートになったといえる。しかしそれは、その場限りの熱狂だった。その時の感動はすぐに消えていた。


それは、音楽に内面の静けさがなく、心に深く入ってこなかったからだ。チェリビダッケやヴァントのブルックナーを聞いて、後に長く残るような余韻はなかった。


裏を返せば、いいオーケソトラだからこそ、指揮者の無理難題に応え、いい演奏ができたともいえる。


高齢のブロムシュテットが指揮をしていたら、こういう『イベント』のようなコンサートにはならなったと思う。最後も、聴衆はそんなに熱狂的にならなかっただろう。でも、いつまでも心に残るものを持ち帰っていたに違いない。


ティーレマンは、もう60歳を超えている。もっと人間として熟して、内面の静かな演奏ができるようになってほしい。いずれそうなって、心に残る演奏ができるようになると期待している。


(2022年7月07日、まさお)
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関連サイト:
ブルックナー7番の歴史的コンサート(チェリビダッケ指揮、ベルリンフィル演奏、1992年)
ベルリン国立オペラのサイト(ドイツ語)
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