2022年11月11日掲載 − HOME − 脱原発一覧 − 記事
ドイツでは、原発事故に対する国の責任はどうなる

先日参加した独日のエネルギー政策のシンポジウムにおいて(「日本とドイツのエネルギー政策の将来は?」)、ドイツにおける原発事故の事故責任について質問があった。


大切な問題だ。ただとても複雑で、難しい問題でもある。ここで一度、まとめておこうかと思う


本題に入る前に、ドイツと日本の原発行政の違いから知っておく必要がある。


日本の原発行政は、安全規制の作成も含めすべて国が行ってきた。そのため原発の技術標準において、日本で民間標準が導入されたのは90年代後半か2000年代はじめだったと記憶する。この点では、世界からも遅れていた。


その点で、日本のほうが構造が簡単だと思う。だが、いろいろな視点から原発行政を行っていないという点で、日本の構造は硬直しているともいえる。


ドイツは連邦国家で、原発の建設・運転許可と原発運用の監視、監督は、原発が立地する州が行う。国には、国の方針、あるいは原子力法からみて適切ではないと判断した時、立地州にその変更を指示する指示権しかない。


州レベルでは、原発行政を執行する能力に限界があるのはいうまでもない。それを補うため、原発の許認可手続きにおける審査のほか、運転の監視・監督は、半官半民の技術監査機関(TÜV)に委託する。


そのため日本の原発では、監督官庁の保安院の検査官が常駐している。それに対してドイツの原発では、TÜVの検査師が常駐する。


ドイツの原発に関する技術・安全基準は、民間標準をベースにしている。だが原発に特化した問題に関しては、国、州、技術監査機関、電力会社、科学界の代表で構成される原子力技術委員会がある。


委員会は定期的に会合を開き、原発に特化した基準を立案、更新している。その他にも、原発問題について研究するほか、政府に提言する国と州などで設立された公的機関もある。


ドイツにも、原子力委員会がある。だがドイツの原子力委員会には日本と異なり、原子力推進派ばかりでなく、かなりの数の批判派もかなり入っている。たとえば批判派の中には、日本でもおなじみのエコ研究所のザイラーさんなどが委員になっていたことがある。


ただ批判派が原子力委員会に参加できるようになったのは、1998年に社民党と緑の党による左派中道政権になってからだった。


原発事故の事故責任は?

ドイツでは原子力法が、原発を規制する基盤となる。原子力法は、原子力に関わる問題はすべて、その問題、事故を引き起こした発生者に責任があるとされる。これは、「発生者責任」の原則ともいわれる。


問題は、発生者は誰かだ。


たとえば、核のゴミの発生者は誰か。ここでは、原発で発電された電力の利用者まで含まれる。消費者ということ。だから核のゴミの処分コストは、電力料金に上乗せして消費者から徴収され、積み立てられてきた。


最終処分だけは、長期に渡り、社会性の大きなものなので、国が責任を持って行うことになっている。原発が動いている間は、中間貯蔵は電力会社の責任で行われてきた。


だが脱原発が決まり、廃炉と最終処分のためにこれまで積み立ててきたバックエンド資金を電力会社が責任を負う廃炉と国が責任を負う最終処分で分配しなければならなくなった。その時中間貯蔵も国の責任とし、中間貯蔵と最終処分が国の責任で行われることになる。


そのため、その間に事故がおこれば、すべて国の責任になる。なお実際の最終処分は、国が設置した国家企業によって行われる。


ドイツはチェルノブイリ事故の影響を受け、ドイツ南部が被ばくした。それに伴う土壌汚染による食品への影響については、食品の放射能が基準値を超えた場合、国がそれに伴う損害を保証している。


これは、原子力法に国境を超えてドイツに影響が現れ、他国の発生者に賠償能力がない場合、国が保証すると記載されているからだ。


チェルノブイリ事故によるドイツでの健康への影響については、それを示す調査なども発表されている。だが国は、それは科学的に立証されていないという立場なので、保証対象にはなっていない。


国内で起こった事故においては、その事故の原因がどこにあり、その責任者が誰なのかがはっきりしないと、発生者は確定しない。その事故に応じて、事故を発生させた責任は誰にあるのか、それを追求しなければならない。それは、その事故毎に判断せざるを得ない。


原発を有する電力会社は、事故のために保険をかけている。これは日本もそうだが、保険額はドイツのほうが高い。


ただそれとて原発事故の規模を考えると、その保険ではまったくカバーできない。保険会社はさらに事故に備え、再保険をかけている。


だが保険会社と再保険会社はともに、事故の規模に相応する高額な原発保険を保証することに関心はない。現実として原発保険では、保険会社が保証してくれる範囲でしか保険がかけられていない。


電力会社は電力会社で、保険料の支払いが少なくて済むように、いろいろな手を使ってきたともいえる。


原発事故の規模を考えると、原発保険では十分な保証ができないのは明らか。だがドイツでも、国側が十分は保険をかけるよう押し通せないできたのが事実だ。


電力会社側が被害を十分に保証できないので、国が何らかの支援策を講じざるを得なくなる。最終的に納税者負担になるということだ。でもそれで十分な保証ができるのかどうかは、とても疑問が残る。


こうしてみればわかるように、原発事故の責任については、事故毎に判断せざるを得まないと思う。ただドイツでは幸い、これまで国内で原発事故がないので、その場のケースに応じた判断はもう不可能だ。


現在まだ稼働し、ウクライナ戦争の影響で最終停止時期を来年4月中旬までに延長する3基の原子炉については、事情が異なる。


脱原発時期を延期するのは政治決定なので、その責任は国にある。3基を保有する電力会社も、当初の脱原発時期である今年年末から来年4月中までについては、すべての責任は国にあるとしている。


管轄のハーベック経済大臣は会見で、責任問題について電力側と協議しなければならないといった。だがこの3基の延長する稼働期間においては、国が全責任を負うことになるのは間違いないと思う。


原発事故の責任を発生者原則とする原子力法の解釈については、毎年その解釈について国と州、法学者、法曹界がシンポジウムを行い、常に議論してきた。ここでは、こうすべきだと議論するのではなく、それぞれの見解をすり合わせて議論するもので、結論はなかった。


しかし問題の複雑さと重大さを考えると、こうした機会が設けられていたのは、とても重要だったと思う。


ここでは、憲法論争も行われていた。


原発は建設されて動き出すと、運転許可については期限と条件がある。だが憲法的には、原発は永久の存続権を有する。永久存続権は、すべての産業プラントに適用される。そのため、原発も憲法上、永久存続権を有する。


憲法は同時に、市民の健康権も保証している。そのため原発問題では、どちらを優先すべきかの問題が必ず発生する。


しかしコロナ禍においても、経済活動権か自由か、健康かの議論がされてきた。


ただ憲法においては、どの権利も同等で、ある特定の権利に優先権はないとするのが憲法解釈だ。どちらを優先するのが適切か、その都度判断しなければならない。


なおこれまで、電力会社ということばを使ってきた。しかしそれは正直なところ、正しくhanai 。ドイツでは、発送電分離がはっきりしている。そのためここでは、電力会社ではなく、原発運転者としたほうが適切だ。ただ原発によっては、複数の大手電力が株主となっているところもあり、その構造が複雑なので、単に「電力会社」としたほうがわかりやすいかと思った。


国による推進責任は?

感情的には、責任を問いたいところ。しかしこれは、もっと難しい問題だ。(西)ドイツは原発が開始された当初、(西)ドイツ全体で400基以上の原子炉を設置したい考えだった。現実には、その20分の1くらいしか稼働していない。さらにドイツでは、もう40年近く原子炉が新設されていない。


ドイツは脱原発を決めてしまっているので、推進責任についていうのは、もう架空の話になり、議論しないほうがいい。


原発製造メーカの製造者責任は問えるか?

日本ではフクシマ原発事故後、製造メーカ訴訟が行われている。現在、敗訴状態のままと理解している。


ぼくは以前、製造メーカ訴訟を行っている市民団体の事務局長さんとお話したことがある。その時事務局長さんは、弁護団は大丈夫だといっている、ドイツの団体からもぜひやってほしいし、製造者責任はあると思っているとお墨付きをもらったとお話していた。


しかしぼくは、プラント建設の仕事をしていたことのある体験から、多分無理でしょうとお話した。


国際的にも、製品に対する製造者責任が法的に規制されるようになった。しかし原発の場合、その立地場所において許認可手続きをし、実際に設置されるプラントは立地場所によって異なる。立地場所とその発注者である電力会社の指示に合わせた形でしか、原発は設置されない。


原発を設計するに当たっては、立地場所の条件はクライアントである電力会社から示される。設計に必要な技術パラメーターも電力会社から規定される。


製造メーカはそれに応じて、原発を設計する。


立地場所の条件と技術パラメーターに沿った設計がされたかどうか、安全性が十分かどうかの検査義務は、電力会社とそれを審査する技術監査機関にある。


施工においても、クライアントである電力会社と技術監査機関によってプラントの区画毎に細かく検査される。設置される機器も出荷前に検査される。原発に納入されるものはすべて、検査認証がないと出荷できない。


その点で原発に対する製造者責任は、自動車などに対する製造者責任とはまったく異なるものだといわなければならない。


設計ミスや施工ミスがあれば、それは製造メーカに責任がある。しかしそれは、クライアントである電力会社が訴える問題だ。


これらの問題を考えると、一般的にいう製造者責任を原発など特殊性のあるプラントに適用できるのかどうか、ぼくはとても疑問に思う。


この点でも感情的には、ぼくも製造者責任を問いたいと思う。でも法的には、かなりきびしいと思う。


(2022年11月11日)
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