東西ドイツ統一後に公開された旧東ドイツをテーマとしたドイツ映画の代表作というと、『グッバイ・レーニン』(2003年)、『善き人のためのソナタ(原作:他人の生活)』(2006年)、『グンダーマン』(2018年)を挙げることができるだろうか。
この3つの作品ほど大作とはいえないが、今年2024年に公開されたばかりの『2対1』を紹介しておきたい。
いずれも、ベルリンの壁崩壊前後の東ドイツ市民について描いたもの。『グッバイ・レーニン』と『善き人のためのソナタ』は、東ドイツの時代の生活や背景をよく知らなくも、結構理解できる。しかし『グンダーマン』と『2対1』になると、東ドイツのことをよく知らないと、何のことをいっているのかよくわからないと感じるのではないかと思う。
それは、前者2つが東ドイツの体制と壁崩壊の歴史を舞台にして話が展開されるのに対して、後者2つは東ドイツ市民の生活そのものを舞台にして市民の思いと苦悩が描かれているからだ。そのため、当時の東ドイツの生活のことを知らないと、映画はわかりにくい。
ベルリンの壁崩壊とドイツ統一から時間を経るにしたがい、単に歴史を舞台にするのではなく、当時の市民の生活と苦悩について描けるようになってきたというか、その必要性が感じられるようになってきたのではないかと思う。
映画『2対1』は、統一前の東西ドイツ通貨を西独マルクに統合する時を舞台にしている。それは、統一のプロセスであり、歴史を舞台にしているともいえる。
映画では、元ナチスの地下坑道に破棄された東独マルク紙幣を盗んで、それを統合される西独マルクに交換しようとする東独市民の物語がコミカルに描かれている。
東独マルク紙幣は、統一前の1990年7月1日から使えなくなった。もちろん東独マルクは、西独マルクに交換された。年齢に応じて、2000マルクから6000マルクまでは1対1で交換できた。だがそれを超える分は、2対1でしか交換できなかった。その交換レートが映画のタイトルとなっている。
破棄された紙幣を見つけて盗んだ時、東独市民のほとんどはすでに通貨を交換してしまっていた。本来価値のないお札をどうするのか。東独マルクを西独マルクに交換するまでには、あと3日間しか残されていない。
紙幣を地下から盗んできた市民有志は、友人、隣人に応援を要請して、共同で通貨の交換活動を行うことになる。交換して得た西独マルクも共同のものとし、後で公平に分配することでまとまった。
通貨統合とともに、東ドイツに資本主義が怒涛のように押し寄せる。個別訪問によって、西ドイツ外交員による西側商品の販売攻勢がはじまるのだった。商品は東独マルクでも購入でき、その場合は西ドイツの販売員が後で両替する。
東ドイツ市民は、購入した商品を西ドイツに持ち出して西独マルクで販売する。こうして、盗んだ東独マルク紙幣を西独マルクに『両替』した。
たくさんの西側商品が購入された。アパートと車庫が商品で一杯になる。市民たちは車一杯に商品を積んで何回も何回も東西ドイツの国境を超え、西ドイツに商品を売りに出かけた。
そのうち、一般市民が両替できる期限は切れてしまう。しかし市民たちは国外に滞在する外交官であれば、11月まで両替できることを知る。空港で待ち伏せして外交官を捕まえ、両替の手助けを要請する。外交官は協力を約束した。
ここまで、とてもコミカルに描かれる。
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旧東ドイツ地区にあるアム・フリードリヒスハイン映画シアター。ここで映画『2対1』を観た。写真左に、映画『2対1』のポスターが見える |
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盗んだ東独紙幣をすべて、両替できたわけではない。しかしたくさんの西独マルクが集まった。ここで、市民たちは集まった西独マルクを公平に分配するのではなく、自分たちが働いていたが、閉鎖されてしまった地元の金具製造工場を共同で買い取ることを決議する。
東ドイツの企業、工場を売却する機関と交渉。売却額は1西独マルクだった。しかし、たくさん投資する資金はあるかどうかと聞かれたという。設備や建物が老朽化しているばかりでなく、敷地内が有害物質で汚染されているので、それを除去しなければならないからだ。
工場で働いていた市民は、工場が1西独マルクの価値しかないことに唖然とする。工場で精密な金具をつくることに誇りを持っていた。しかし、その誇りが踏みにじられたように感じた。
市民たちは工場長室で、過去の取引を記録する書類を探し出す。主な買い手はスウェーデンの企業だった。映画でははっきりとはいわれなかったが、イケアのことだ。
安売りイケアのビジネスモデルのため、東ドイツで家具などが超格安で製造されていたのは、壁が崩壊する前から噂になっていた。それが統一後はっきりと、暴露される。
自分たちの作業に誇りを持っていた元作業員は、さらに愕然とした。
ここまでのことは、当時の東ドイツのことを知らないとよく理解できないのではないかと思う。
そのうちに、破棄された東独マルクが盗まれていたことが発覚する。それは、盗みの中心となった夫婦の娘が、本来市場に配布されていなかった200マルク札を使って大きなテディベアのぬいぐるみを買っていたからだった。200マルク紙幣が両替されていたことを不思議に思った西ドイツ当局が、捜査をはじめる。
結局、破棄された東独マルク紙幣を盗んで西独マルクに交換していた東ドイツ市民有志が確定される。しかし西独当局は、東ドイツ市民の『犯罪』を裁く立場にはない。破棄された東独マルク紙幣が盗まれて両替されていた事実が公然と、発覚するほうがまずい。東独マルク紙幣の盗みが拡大するほうが怖い。
実際にも、破棄された東独マルク紙幣が統一後も、何かにつけて市場で出回っていたのがわかっている。
西ドイツからは当時のゲンシャー外務大臣が出てきて、東ドイツ市民有志と交渉。市民たちには島が一つ与えられ、働く必要もなく、自由に生活できる『天国』が与えられる。
東ドイツ市民たちは、自分たちしかいない『楽園』で生活をはじめる。しかし、地元に戻って工場の再建を目指すほうを選ぶ。今度は工場で、娘の要望でぬいぐるみをつくることになる。
統一後には実際、従業員自らが工場を買い取って再建したケースがいくつもあった。
映画は、実際にあった話を土台にして、それを膨らませてつくられた話。ただ後半は、お札を盗んだ市民の三角関係が入ってきたりと、まとまりを欠き、ドタバタした感じになってしまったのは否定できない。それが余計、映画をわかりにくくした。台本をもっとしっかりと構想して、わかりやすいように書いておくべきだったのではないか。
ただ当時は、社会自体がかなりドタバタしていたのも事実。その点で映画が、当時の社会の有りさまをそのまま反映していたともいえなくはない。それが、意図的にそう構想されていたとは思わないが、当時の状況を知らないと、単に映画が未熟で、未完成、さらに緊迫感がないと感じるのではないだろうか。
監督と台本は、西ベルリン出身の女優で映画監督のナチャ・ブルンチホルスト。メインキャストは旧東ドイツ出身の俳優、女優で占められ、今年のアカデミー主演女優賞にノミネートされたザンドラ・ヒューラーなどそうそうたるメンバーが揃っている。
(2024年8月01日) |