2026年3月05日掲載 − HOME − ぶらぼー! − オペラ
ショスタコーヴィチのオペラ⟪ムツェンスク郡のマクベス夫人⟫

昨年2025年は、ロシアの作曲家ドミートリイ・ショスタコーヴィチ没後50年の年だった。


ショスタコーヴィチというと、交響曲の作曲家と思っている人が多いかもしれない。ソ連体制に迎合した御用作曲家のイメージもある。


しかし、⟪鼻⟫と⟪ムツェンスク郡のマクベス夫人⟫のオペラ作品は今も上演され、特に⟪ムツェンスク郡のマクベス夫人⟫はすべてのオペラ作品の中でも最高傑作の一つだ。


しかし初期の作品は前衛さ故にスターリン時代から戦前から戦後になっても弾圧をうけ、⟪ムツェンスク郡のマクベス夫人⟫のように上演を禁止され、改訂せざるを得なかったものもある。


現在のようにマクベス夫人が初演原典版で上演されるのは、ロストロボーヴィチが初演から40年以上も経った1978年に、妻で歌手のヴィシネフスカヤらとともに録音してからだ。


ショスタコーヴィチは自分が求める音楽芸術と体制の求める芸術の間の違いに苦悩し、作品の中に体制に対する皮肉や反体制的な要素を暗に盛り込みながら作曲を続けてきたといったほうがいい。


何と批判されようが、ショスタコーヴィチが20世紀の偉大な作曲家の一人であるのは間違いない。


没後50年という節目の年ということから、ベルリンでもコンサートではショスタコーヴィチの交響曲などがいくつも取り上げられた。


オペラ作品では、コーミッシェ・オーパーが昨年⟪鼻⟫を再上演するほか、今年1月末から新演出で⟪ムツェンスク郡のマクベス夫人⟫を上演した。


ぼくは20年以上も前にコーミッシェ・オーパーで、⟪鼻⟫(クプファー演出)と⟪ムツェンスク郡のマクベス夫人⟫(ノイエンフェルス演出)を観ているが、今回は新作の⟪ムツェンスク郡のマクベス夫人⟫だけを観ることにした。


今回の新演出では、演出が前総監督のバリー・コスキー、指揮は音楽監督のジェームズ・ガフィガンだった。


作品のタイトルは、シェークスピアの『マクベス』の野心家マクベスの妻に由来する。しかし原作は、19世紀後半に書かれたニコライ・レスコフの小説による。それをショスタコーヴィチが前作⟪鼻⟫で協力してもらったアレクサンドル・プレイスと共同で台本化した。


ショスタコーヴィチは24歳の時に同作品を手がけ、2年かけて完成させている。作品の内容からして、24歳でこういう作品を書けるのは通常では信じられず、超早熟といわなければならない。


主人公カテリーナは、製粉商人ジノーヴィの妻。舅のボリスにいじめられ、夫との愛のない生活を続けている。そこに新しい使用人セルゲイが現れて強姦されるが、カテリーナはセルゲイの虜になる。


セルゲイとの常時を見破った舅ボリスを殺鼠剤で殺害し、常時の時に帰宅した夫ジノーヴィをセルゲイとともに殺してしまう。夫の遺体を納屋に隠しておいたが、カテリーナとセルゲイの結婚式の時に見つかり、二人は逮捕されてシベリア送りになる。


その途中、セルゲイは他の女囚ソネートカといい中になり、ソネートカのためにカテリーナからタイツを騙し取る。それを知ったカテリーナは、ソネートカを道連れに自殺してしまうという物語だ。


こうして見ると、カテリーナは殺人犯の残酷な女のように見える。しかしコスキーの演出からは、主人公カテリーナに対して同情さえ感じられる。舅のいじめと夫との愛のない生活はどこにでもある話。そこから生まれる悲劇は、女性という一人の人間の物語でもある。カテリーナだけに責任があるわけではない。


コスキーの解釈は、いつどこでもこのような悲劇が起こりうるといわんばかりだ。舞台には装飾がほとんどない。背景は灰色の壁だけ。家具もなく、各場ごとに机や椅子が出てきたり、ベッドがあるだけだ。


この殺風景な舞台では、コスキー特有のユーモラスで、皮肉たっぷりの演出がより生きる。レイプや常時のシーンもいやらしさがない。


作品では各場の間に間奏曲が入り、それがとても抒情的なメロディになっている。各場のドラマチックな怒涛のような音楽から、耳と気持ちを休めてくれるかのようだ。間奏曲がいかに重要な役割を担っているかがわかる。


指揮のガフィガンはその効果を読み取って、うまくコントラストをつくっていた。全体としてたいへん生き生きした音楽作りになっていたが、そんなに大きな音を出させなくてもいいのにと思うところが、何カ所かあった。


歌手では、カテリーナ役のカナダのソプラノ歌手アンバー・ブレイドがはまり役だった。ブレイドは現在、フランクフルト・オペラのアンサンブルに属している。


先日ベルリン・ドイツ・オペラでコルンゴルトのオペラ⟪ヴィオランタ⟫を観たが、作曲したのが18歳の時。ショスタコーヴィチは26歳の時にこのマクベス夫人を完成させているから、みんな何と早熟なんだろうと驚いてしまう。


まったく脱帽だ。


(2026年3月05日、まさお)
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関連サイト:
コーミッシェ・オペラの公式サイト
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