2026年1月05日掲載 − HOME − ぶらぼー! − オペラ
アルバン・ベルクのオペラ⟪ヴォツェック⟫初演から100年

アルバン・ベルクのオペラ⟪ヴォツェック⟫は、ドイツの劇作家ゲオルグ・ビュヒナーの戯曲『ヴォイツェック』をもとに書かれた。


ベルクは1914年5月、ヴィーンで『ヴォイツェック』の上演を観て感化され、オペラ化する。台本も自分で書いた。戯曲は27場からなるが、オペラはそれぞれ5場からなる3幕で構成される。


オペラが⟪ヴォツェック⟫となっているのは、ベルクが戯曲の筆写が悪くて誤読したため。ベルクは作曲中に間違いに気づくが、変更しなかった。


台本は1914年末にできた。しかし、オペラの総譜が完成するのは1922年4月になってから。その他の小作品を作曲するほか、第1次大戦に徴兵されたことから、作曲が完成するまでに時間がかかった。


当時無名のベルクの作品が上演されるまでも、時間がかかっている。


作品は幸いなことに、33歳でベルリン国立オペラの音楽監督となったエーリヒ・クライバーの目に止まる。クライバーはどうしても1924年中に初演したいとしたが、作品の斬新さや公演の難しさなどから、初演は何回も延期された。


最終的に1925年12月14日、ベルリン国立オペラにおいてクライバー指揮で初演される。


それから100年後の2025年12月14日、初演されたベルリン国立オペラでは、音楽監督のクリスティアン・ティーレマン指揮で2011年4月にアンドレア・ブレート演出で新作上演された⟪ヴォツェック⟫が再演され、新年1月4日まで4回公演があった。


物語はこうだ。内縁の妻マリーとの間にこどももある床屋上がりの兵士ヴォツェック。兵士は貧しく、人体実験の対象にもなっている。ヴォツェックはマリーが鼓手長といい仲になっているのを知り、次第に錯乱状態になっていく。医師は人体実験の成功だと、それを誇りに思う。そのうちにヴォツェックは、マリーを刺し殺してしまう。その時手についた血を川縁で洗おうとして溺死し、小さな子どもが1人残される。


歌手は、サイモン・キンリーサイド(ヴォツェック)、アニャ・カムぺ(マリー)、アンドレアス・シャーガー(鼓手長)など、そうそうたるメンバー。


しかしぼくには、⟪ヴォツェック⟫の個性的な登場人物を演じるには少しキャラクター不足だったと感じる。


ティーレマンは、36年ぶりに⟪ヴォツェック⟫を指揮するという。それに備えて総譜を深く読み直し、今回は再演というよりは、少し新演出のプレミエ気分だといった。


しかしぼくには、ピアニッシモで静かに演奏する場面などでさすがと思うところもあったが、全体として音が強く、厚すぎる。指揮を見ても、ティーレマンはそう要求していた。


⟪ヴォツェック⟫はヴァグナーの作品ではない。もっと室内楽的にしたほうが、作品の不気味さが出たと思う。


一番気になったのは、ティーレマンがブルックナー4番を指揮した時にも書いたが(「ガウディのサグラダ・ファミリアでブルックナー第4番」)、ティーレマンに内面的な静けさがないことだ。


⟪ヴォツェック⟫では、「静(Stille)」ということばが何回も出てくる。場が変わるごとに間奏曲が入るが、その時にも大切なのは、音のない音楽的な静をつくることだ。頭が、そして場が真っ白になる静の間といってもいい。


それによって場が変わる毎に、コントラストがより鮮明になる。


しかしティーレマンは、音のない間しか「演奏」させることができない。単に休符を入れるだけといってもいい。それは、ベルクが求めていた静ではない。


それは、ティーレマンに指揮者としてまだ内面の静がないからだと思う。


(2026年1月05日、まさお)
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関連サイト:
ベルリン国立オペラの公式サイト
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