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フランツ・シューベルトの歌曲集⟪美しい水車小屋の娘⟫は、テノールのために書かれている。しかし低く移調した版で、バリトンやバスで歌われることも多い。
ただ歌詞がドイツ語であることから、ドイツ語の抑揚を十分に習得していないと、ピンとこないことも多い。イギリスのテノール歌手イアン・ボストリッジがベルリンで⟪美しい水車小屋の娘⟫を歌ったのを聴いたことがあるが、今一つシューベルトの感じがしなかった。
外国人歌手では、日本のバリトン歌手でドイツ歌曲のスペシャリストだった故原田茂夫さんだけは別格。日本人でありながら、これぞ本物のドイツ歌曲だと感じられる歌手は原田さん以外にはいなかった。そこまでドイツ語を研磨されたのには、頭が下がる。
歌手であれば、シューベルトの大曲を歌いたいという気持ちはわかる。しかし、シューベルトの歌曲集は難しい。そう簡単なことではない。
シューベルト歌曲集の神様といえば、何といっても故ディートリヒ・フィッシャーディスカウ。フィッシャーディスカウの声とドイツ語の響きは神がかっていた。
トーマス・クヴァストホフもすばらしかった。しかしからだにハンディキャップがあり、50代過ぎで引退してしまったのは残念でならない。クヴァストホフの⟪冬の旅⟫を聴いた時のショックというか、感動は今も忘れられない。
今ドイツでさえ、シューベルトの歌曲集⟪美しい水車小屋の娘⟫と⟪冬の旅⟫を聴ける機会はあまりない。この2つの歌曲集を聴いてみたいと思える歌手も、バリトンのマティアス・ゲェルネとバリトン・バスのクリスティアン・ゲアハーハーくらいしか思い浮かばない。
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ベルリン国立オペラでのゲェルネとヘルムヒェン。コンサートのカーテンコールから |
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そのうちの一人マティアス・ゲェルネが、ベルリン国立オペラで⟪美しい水車小屋の娘⟫を歌うというので、この機会を逃してはならないと思った。伴奏は、若手伴奏者として注目されているマルティン・ヘルムヒェン。
最初は伴奏がガチャ、ガチャとうるさいこともあって、よくなかった。しかし4曲目の「小川へのことば」からテンポがゆっくりとなる。ゲェルネも歌いやすくなり、息が合いだした。
それ以降はもう、ゲェルネの独壇場。これが、自分の⟪美しい水車小屋の娘⟫なんだといわんばかりだった。最後まで役になりきり、一人でドラマを演じ通したという感じだった。
ゲェルネは、高いところから低いところまで音域がとても広い難しい作品をていねいにこなしていく。メロディが繰り返されるところでは、その都度ことばの抑揚や音色が異なる。それが、頭で考えられているのではなく、からだから自然に出るのがすばらしい。
フィッシャーディスカウもそうだったが、ゲェルネの声には色とりどりの音色がある。音色が無理せずに、自然に変わるのも見事だ。
ぼくの気持ちが、ゲェルネの声に引き込まれていくのがわかる。終わりに近づくにつれ、目頭が熱くなる。まだ終わってくれるな、もっとこの瞬間を体験していたいと思わされた。
最後の「小川の子守唄」をゆっくりしたテンポで、しみじみと唄いあげるゲェルネ。最高のすばらしい場に居合わせているのだなあと感じる。公演が終わっても、席を立ちたくないという気持ちにさせられた。
と同時に、アレッと思う発見もあった。
「小川の子守唄」の終わりの部分のメロディーが、イルカの⟪なごり雪⟫のメロディとまったく同じなのだ。どちらも失恋の歌だが、水車小屋の娘に恋心を抱いた粉職人が相手にされずに自殺してしまう⟪美しい水車小屋の娘⟫と異なり、⟪なごり雪⟫のほうは男性が失恋した青春を振り返る歌だ。
男性が生きていてよかった。
(2026年4月03日、まさお) |