中近距離鉄道と都市公共交通機関の定期券の保有者が、2021年9月の2週間、ドイツ全国において中近距離鉄道と都市公共交通を無料で利用できるキャンペーンが行われたことを報告したことがある(「ドイツで全国鉄道無料キャンペーン」)。キャンペーンは、公共交通機関600社の協同団体である「ドイツ交通機関団体(VDV)」が、主催したものだった。
今度はドイツ政府の主導で、1カ月間9ユーロ(約1300円)でドイツ全国どこでも中近距離鉄道と都市公共交通機関に乗れるチケットが登場した。
9ユーロチケットは、今年(2022年)6月、7月、8月の3カ月間限定。当該月に買った9ユーロチケットを持っておれば、その月の間、ローカル線や都市の公共交通機関である電車や地下鉄、トラム、バスなどが、どこでも乗り放題となる。
居住地で有効な定期券を持っている場合も、9ユーロとの差額が返金され、全国でローカル線、都市交通機関が乗り放題となる。たとえばベルリン市圏内で有効な定期券は、普段月額86ユーロ(約1万3000円)だ。この3カ月間だけは、9ユーロとの差額の77ユーロが返金される。
ドイツ鉄道の運行する長距離列車(たとえば、ICE、IC、EC)と私鉄の長距離列車(Flixtrain)は、対象外となる。ただし州によっては、長距離列車ICの一部区間を9ユーロチケットで乗れるようにしているところもある。
ローカル線や都市交通機関は、州や自治体の補助によって運用されている。今回9ユーロチケットを導入することによって発生する損失は、主に国が補填する。
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9ユーロチケットを持っていると、どこでも地下鉄、バス、トラムに乗れる。写真はベルリンの地下鉄U5号線 |
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9ユーロチケットを導入することになったのは、ウクライナ戦争でエネルギーコストばかりでなく、物価が上がり、インフレ状態となっているからだ。インフレ率は現在、10%近くになっている。
それを、9ユーロチケットで期限付きで緩和すると同時に、エネルギーコストの負担を軽減する目的だ。
今後交通の分野においても、再生可能エネルギー化を実現するには、交通の主体が車ではなく、ローカル線や都市交通などの公共交通機関に移管されなければならない。そのため、普段電車やバス、地下鉄など公共交通機関を利用していない人に、公共交通機関を体験してもらい、公共交通機関の良さを知ってもらうという目論見もあった。
ただドイツでは、ローカル線や都市交通の整備がまだ不十分。その状態で公共交通機関を体験してもらっても、大交雑や大幅な遅延を招くだけで、逆効果ではないかとの批判もあった。
実際、9ユーロチケット導入当初の6月には、各地でローカル線が大混雑した。しかしそれも現在は、沈静している。
9ユーロチケットの後をどうするかも問題だ。その後継施策を続けるのか、それとも今回限りなのか。
9ユーロではなくても、価格を5、6倍に引き上げて、全国で乗れるチケットを今後も続けるべきだとする意見も多い。
ただ国の財政負担が大きい上、コロナ禍とエネルギー危機に対する財政支援で、国の財政負担は増加するばかり。借金は、次の世代の負担となる。そのため、その実現性に疑問を呈する意見もある。
二酸化炭素の排出を実質ゼロとするカーボンユートラルを実現するには、人の移動を公共交通に移管していかなければならないのも事実。ローカル線や都市交通機関を魅力ある交通手段に改革するだけでは、不十分だ。
何らの施策が求められる。
(2022年8月14日)
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