2024年3月26日掲載 − HOME − 脱原発一覧 − 記事
急激な原発拡大は自殺行為

ぼくは「ヨーロッパの原発は対ロシアのアキレス腱」の記事において、原子力技術市場は特殊な市場だと書いた。市場では競争が激化して、安全性がないがしろにされないように厳重に管理されている。過激な競争で、関連メーカーが倒産しないようにも配慮されている。その点で新規参入するのは、技術的にも、経済的にも難しい。そのため原子力市場には、余剰生産力もほとんどないといってもいい。


そうして原子力産業が、原発の新設と既存原発のメンテナンス、安全性評価を安定して実施できるように管理されている。原発を新設するだけではなく、その後に定期的に原発のメンテナンスを行なって、原発の安全を維持しなければならないからだ。


ところが世界では、2050年までに原発の発電容量を現在の3倍にすることで、有志国が連合している。先日もEUの本拠地であるブリュッセルで、それを再確認したばかりだ。


原発の容量を3倍にするには、25年余りの間に600基の原発を新設しなければならない。


原発1基を完成させるには、計画から10年では不可能だ。最低でも、15年から20年かかると見た方がいい。ということは、600基の原発をほぼ一度に並行して計画、建設しなければならないということだ。


原子力技術市場の特殊性を知って、こう宣言しているだろうか。現在世界に、一度にこれだけの原発を計画、建設する容量はない。今後既存の原発メーカーは、どうやって人材を確保するのか。新規参入業者を認めなければならなくなるが、原発のように特殊で高度な技術が要求されるのに、大丈夫だろうか。


だからぼくは、これは幻想だといった。


さらに心配になるのは、原発メーカーは2050年まで原発の新設でパンク状態になり、既存の原発をメンテナンスしている余力がなくなることだ。メンテナンスができないと、原発はいずれ止めることになる。


許認可手続きにおいては、安全性を審査する検査機関も十分な余力を持っていない。一度にたくさんの原発の建設許認可申請を出されても、まともな許認可手続きなどできっこない。結局各国で審査しなくていいように、、世界全体のために国際原子力機関(IAEA)が一括して安全性を審査して、原発を型式承認することになってしまうのではないかと心配だ。


原発は自動車ではないので、本来は立地場所の条件に応じて、立地場所毎に安全性を審査しなければならない。たとえば地震のないところでは、原発の耐震性は600ガルあれば十分だと思うが、日本のような地震国では1000ガルでも不十分なはずだ。立地場所によっては、津波や洪水の問題についても考えなければならない。


それでいて、どうして原発に一括して型式承認を認めることができるのか。自動車でさえ、型式承認は各国毎に行われ、利用が認可されている。


圧力容器
原子炉圧力容器の内部上層部分。写真下に底に見えるチューブの中に制御棒が挿入されて、核分裂の連鎖反応が制御、調整される。廃炉中のドイツ北東部のグライフスヴァルト原発で撮影

たとえ2050年までに3倍までは無理でも、かなり多くの原発を建設できたとしよう。しかしその時、原子力産業は生産過剰で、バブル状態となっている。しかし原発は最低でも、40年は動く。となると当分の間、原発の新設はごく少数しか期待できない。それでは原子力産業が破綻し、原発のメンテナンスをするメーカーがなくなっている心配も出てくる。それでは、原発を継続して運転できない。


原発3倍宣言に参加した有志国には、原発がはじめての新規参入国も多い。新規参入国に対して、原発の運転のノウハウから検査のノウハウなど、単なる技術だけではなく、原発に関してすべてのノウハウを移転しなければならない。それにもたいへんな時間がかかる。


まだまだ問題はあるが、これだけ問題点を挙げれば、原発の容量を3倍にすることがいかに重大な問題になるかがわかると思う。原子力産業と原発をダメにしてしまう自殺行為のようなものだといわなければならない。


今年2024年3月21日にブリュッセルで行われた欧州の原発連合会議において、欧州委員会のフォンデアライエン委員長がしてやったりと、ほくほくと微笑んでいる姿がとても印象的だった。


ぼくは、ああ人間は目先のことしか見ない浅はかで、愚かなものだなあと痛感した。そして物理学者で、第二次世界大戦中にドイツの原子爆弾開発にも関わったカールフリードリヒ・フォンヴァイツゼッカーが、1980年代前半に出版された本『核経済の限界』のまえがきに書いていたことばを思い浮かべた。


「もし人類が核エネルギーをいかに不注意に、軽率に取り扱うのかを想像できていたら、核エネルギーのために尽力しなかった」


ぼくはこのことばを、原発促進を唱える人たちに送りたい。


(2024年3月26日)
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関連サイト:
欧州委員会の公式サイト(英語)
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