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オーストリアの芸術家で建築家のフリーデンスライヒ・フンデルトヴァッサーの建築は、色彩豊かで自然との調和を考えたユニークな建築で知られる。フンデルトヴァッサーの名前を日本語訳にすると、「百水平和豊」となる。こうしてもおもしろい。
それに対し、旧東ドイツの建物は箱型でどれを見てもほとんど違いがない。灰色の暗いイメージを抱いてしまう建築が多い。
ドイツ中東部ザクセン・アンハルト州の州都マグデブルクは東ドイツ時代ものづくりの都市。旧東ドイツの中でも重要な工業都市だった。東ドイツの崩壊とドイツ統一によってマグデブルクでは、旧東ドイツの看板企業などが破綻し、産業が壊滅状態となる。
新しい産業を育てるため、近郊にテクノロジーパークを設置するなどして再開発と構造改革が進められているが、まだまだ発展途上だ。
マグデブルクは戦中大規模な空襲を受け、中心部が破壊された。街の中心にある大聖堂近くではニコライ教会と周辺の建物も破壊され、1950年代終わりに残骸が解体された。
跡地には、プレコンによって箱型の味気のない集合住宅が建てられる。旧東ドイツの典型的な集合住宅だった。
統一後の1995年、地元の住宅建設公社が東ドイツ時代の集合住宅をリフォームするため、フンデルトヴァッサーに問い合わせてみようと思いつく。
フンデルトヴァッサーは承諾するが、自由にデザインしやすいようにとリフォームするのではなく、建て直すことになった。
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フンデルトヴァッサーによるマグデブルクの「みどりの城塞」 |
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マグデブルクの大聖堂 |
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フンデルトヴァッサーは2000年に亡くなる。しかしフンデルトヴァッサーと一緒に建築プロジェクトを実現してきた建築家らが引き継ぎ、2005年新しい建物が完成した。
建物は、「みどりの城塞」と名付けられる。屋上一面が植栽されるほか、建物のあちこちに木が生え、「間借り」しているようになっている。建物が自然のみどりと調和していることから、そう名付けられたという。
建物は集合住宅だが、下にカフェやレストラン、幼稚園、劇場、ホテルなどがある。
ぼくはカフェの「オールド・マグデブルク(Alt-Magdeburg)」に入ったが、地元の人ばかりでなく、観光客で一杯だった。そこで食べたチョコレートケーキは、これまで食べたものの中でも格段においしく、最高だった。
建物は、案内付きで有料で見学できるようになっている。平日だというのに、たくさんの人が集まっているのにびっくりした。それが今もまだ、毎日何回も続けられているから、注目度のすごさがわかる。ただ建物の周りと中庭は勝手に見て回ることができるので、それでも十分だ。
みどりの城塞がマグデブルクの新名所になったのだ。
すぐ近くにある大聖堂はまだ修復中だが、中に入ることができる。マグデブルクの看板である大聖堂を中心とした旧市街の背にはエルベ川も流れ、川の辺りには公園もあって緑が多い。そのため、みどりの城塞は旧市街においてとてもユニークな存在だが、旧市街とうまく調和している。
みどりの城塞はマグデブルク再開発の目玉となり、客寄せに貢献しているといっていい。うまく成功した町おこしだ。
同じザクセン・アンハルト州にある宗教改革の町ヴィッテンベルクでは、東ドイツ時代に建てられたギムナジウム(大学進学を目的とする中高統合校)がフンデルトヴァッサー建築でリフォームされている。
色鮮やかなフンデルトヴァッサー建築が、画一的で暗いイメージもある旧東ドイツの町の再開発に一つの光明をもたらしているといっていい。
(2026年5月18日) |