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ベルリンの作曲家といえる作曲家はいないだろうか。誰が思い浮かぶか。アルベルト・ロルツィングだけではないか。
ただアルベルト・ロルツィングといっても、知らない人が多いと思う。ロルツィングの作品も知られていない。
ロルツィングは前期ロマン派の代表的なオペラ作曲家の一人で、全体で20作以上のオペラ作品を書いている。
その中で最も知られているのは、⟪皇帝と船大工⟫ではないか。
ぼくは1990年代はじめ、ベルリン国立オペラで⟪皇帝と船大工⟫を観ているはずだ。ただ正直なところ、何とつまらない作品だということしか覚えていない。オペラ・コミックといわれる作品だが、これで喜劇?という感じだった。
もうこんな作品,観るものかと思っていた。しかしぼくの推している指揮者アントネッロ・マナコルダがベルリン・ドイツオペラにおいて新演出で⟪皇帝と船大工⟫を指揮するというので、これは聴くしかないと思った。
そういえば、ぼくがよくジョギングしているベルリン中心の公園ティーアガルテンには、ロルツィングの銅像がある。いつも失礼してごあいさつしたことがないので、この機会に銅像の写真を撮っておくことにした。
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ベルリンの公園ティーアガルテンにあるロルツィングの銅像 |
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ベルリン・ドイツオペラでの⟪皇帝と船大工⟫の公演後のカーテンコールから。真ん中が指揮者のマナコルダ |
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⟪皇帝と船大工⟫は、自国のために優れた技術を身につけようと、船大工としてヨーロッパ各地で勉強していたロシア皇帝ピョートル大帝の逸話をベースにしている。
オペラではそれが、ペーター1世(ペーター・ミヒァエロフ)となっており、物語の舞台はオランダのザールダム造船所だ。
造船所にはもう一人ペーター・イワノフがおり、イワノフが皇帝だと思われてしまう。ミヒァエロフはイワノフの恋人マリーに、イワノフをもう少し皇帝にしておくようにと頼む。
イワノフは皇帝として歓迎式典に呼ばれるが、真の皇帝ミヒァエロフは違法で入国した外国人の取締を逃れ、船で港を出るのだった。
演出は旧西ベルリン生まれの若手演出家マルティン・G・ベルガー。ベルガーは自分で創作したセリフを作品に盛り込み、物語をより政治的にしようと試みた。しかしこれがまったくの逆効果。セリフがたいへん長いうえ、物語を喜劇のおもしろさを失って複雑にさせ、観客を疲れさせるだけだった。ああ疲れたというのが、終わった後の第一印象だ。
歌手もそれなりに粒がそろっていた。しかし物語で重要な役割を演じるマリーの声の線が細く、物語の流れを中断させるような形になっていたのが残念だ。
公演全体を救ったのは、指揮マナコルダの音楽だった。音楽の構成、解釈、抑揚などすべてが明確ではっきりしてはぎれがいい。ベルリン・ドイツオペラのオーケストラがこんな音も出せるのかと、その引き出しには驚かさせるばかりだった。こんなにしまった演奏のできるベルリン・ドイツオペラのオーケストラは、はじめて体験した。
それと同時に、ロルツィングの音楽がこんなにすばらしいのかと再発見もできた。それもひとえにマナコルダのおかげだ。いつも新しい発見をさせてくれるマナコルダならではの指揮だ。
たいへん疲れたものの、聴いておいてよかったと十分に満足している。
なおマナコルダは来年2027年2月に東京で、N響を指揮することになっている。騙されたと思って、マナコルダの音楽を聴いてもらいたい。
(2026年7月15日、まさお) |