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ヘルベルト・ブロムシュテット98歳、ズービン・メータ90歳。ブロムシュテットは7月に99歳になる。メータは4月終わりに90歳の誕生日を迎えたばかり。90歳を超えたが、今も指揮台にあがる現役の指揮者だ。
幸運なことに、超高齢の2人のコンサートを短期間に続けて聴く機会があった。ブロムシュテットはベルリン・フィルとのコンサート(4月24日)、メータはベルリン国立オペラとの90歳誕生日記念コンサート(5月3日)だった。
ブロムシュテットについては、本サイトで「97歳、無の音楽」の記事を書いたことがあるが、ぼくの世代では超高齢で老熟した指揮者の走りは、2002年に90歳で亡くなったギュンター・ヴァントだった。ヴァントの指揮は『ラジオ体操』かと思うくらいに体操的だった。しかし、ちょっとした微妙な動きの変化で音楽が変わる。それだけ表現が豊かだった。ヴァントのコンサートは、ぼくがブルックナーの音楽を聴けるようになった一つのきっかけだったといってもいい。
その後少し経って、老熟指揮者としてブロムシュテットが注目されだし、メータが続いたという感じだろうか。
これら老熟指揮者に共通するのは、指揮をするにはわずかなちょっとした動きで十分だということだ。超高齢ゆえ、からだの可動性には限界がある。その限界の中で、ミニマルな動きで自分の音楽を十分に伝えることができるのだ。
たとえ手の動きが止まって指揮棒が動いていなくても、それだけでテンポとどういう音がほしいのかが読み取れる。
それは、からだに音楽が染み付いているからだ。からだから出るオーラで音楽を表現できるのだ。指揮者として自我もなく、無でおれるからできるのだと思う。音楽だけを楽しみ、その瞬間を体験できることに音楽をする意義がある。
ミニマリズムによって、すごい音楽が醸し出される。そこに、老熟した至高の音楽がある。
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公演後のカーテンコールから。写真の中央奥で、オーケストラの前に座っているのが指揮者のブロムシュテット |
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公演後のカーテンコールから。写真中央の指揮台上で手を合わせて聴衆にお辞儀しているのが指揮者のメータ |
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ブロムシュテットは歩行器の補助だけで一人で舞台に登場した。指揮台横にあるリフトで指揮台の高さまで上がり、指揮台上にある横に長いピアノ椅子に横滑りして座る。
演奏したのは、ブルックナーの交響曲第7番。ブルックナーというと、重く、暗いイメージがあるかもしれない。しかしブロムシュテットのブルックナーは、ダンスを踊るかのように軽いリズム。音楽に和みと暖かさが感じられる。
主題のテーマが展開して繰り返されても、同じテンポと響きでは演奏されない。常に何らかの変化がある。それを最低限の手の動きで表現する。
会場には高齢の聴衆が多いが、98歳のブロムシュテットのほうが生き生きと元気で、フレッシュに感じられる。
ぼくは1992年、チェリビダッケが37年ぶりにベルリン・フィルを指揮した時にブルックナーの交響曲第7番を聴いているが、ブロムシュテットの7番はそれ以降聴いたブルックナーの交響曲第7番の中でも歴史的な演奏だった。
それに対して、最後まで指揮できるかなと不安を感じさせられたのがメータだった。メータは車椅子に乗せられて登場。指揮台に上がって椅子に座るまで介助が必要だった。指揮棒も椅子に座った後に手渡される。
しかしいざ指揮棒が動き出すと、メータも最小限の動きですべてをコントロールしているのがわかる。
最初に演奏されたモーツァルトの交響曲第40番はちょっとリズムが重く、モーツァルトらしくない。しかしその後のベートーヴェンの交響曲第7番は、こんなゆっくりしたテンポの7番ははじめてという感じだったが、第7番がこんな重厚で、構造的にすっきりと構成されたすばらしい作品であることをはじめて思い知らされた。
ベートーヴェンの音楽のすばらしさを再認識し、満喫できたと思う。
ぼくがはじめてオーケストラコンサートを聴いたのは、50年以上も前のことだった。会場は富山市公会堂。メータ指揮によるロザンジェルス・フィルハーモニックの演奏だった。演奏されたのは、シューベルトの交響曲第7番⟪未完成⟫ ではなかったかと記憶する。
それは、ぼくがクラシック音楽に引きつけられる一つのきっかけだった。
メータは今、音楽監督を務めたことのあるゆかりの地で90歳誕生日記念コンサートを続けている。その意味で、もう引退する潮時がきたとの自覚があるのではないかと思われる。多分ベルリンでは最後だと思われるメータの演奏を体験できたのは、ぼくにとってとても意義のあることだった。
メータと深い親交があり、メータとベルリン国立オペラを結びつけた立役者の元ベルリン国立オペラ音楽監督ダニエル・バレンボイムが演奏直後に舞台横の桟敷席に座って、カーテンコールにおけるメータの姿を見届けていたのも印象的だった。
バレンボイムも高齢老熟指揮者といえる。しかし、パーキンソン病で演奏活動に限界があるのが残念だ。
この後、誰か老熟指揮者といえる指揮者が登場するのだろうかも気にかかる。
先日久しぶりに、ケント・ナガノの指揮でベルリン・ドイツ交響楽団のコンサートを聴いたが、その熟成ぶりに少しびっくりさせられた。ナガノが候補の一人ではないかと感じたが、これからさらにどう熟成してくれるかではないだろうか。
期待したい。
(2026年5月06日、まさお) |