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舞曲というと、どういう作品を思い出すだろうか。ヨハン・シュトラウスのワルツかな。あるいは、ブラームスの⟪ハンガリー舞曲⟫を思い出すかもしれない。
しかし、舞曲は幅が広い。バレエ音楽もあれば、タンゴ、ボレロ、ポルカもある。メヌエットも本来は舞曲だ。
クラシック音楽では、19世紀終わりから20世紀前半に活躍した作曲家の舞曲はほんの一部を除くと、あまり知られていないのではないか。
今回、ベルリンフィルの音楽監督キリル・ペトレンコが戦前の19世紀終わりから20世紀前半に作曲された3つの舞曲を指揮した。演奏されたのは、ヤナーチェクの⟪ラシュスコ舞曲⟫、バルトークの⟪中国の不思議な役人⟫、ストラヴィンスキーの⟪ペトルーシュカ⟫。
ベルリンフィルとペトレンコは、今月11月のアジア・ツアーにおいても、同じプログラムでコンサートを行う。
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公演後のカーテンコールから。舞台の正面真ん中でオーケストラの前に立つのが指揮のペトレンコ |
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ヤナーチェクの⟪ラシュスコ舞曲⟫は、今回はじめて聴いた。作品はヤナーチェクの故郷ラシュスコ地域に由来するという。ヤナーチェクのことだから、ダイナミックさを盛り込みながらモラヴィアの民族音楽的なところを十分に聴かせてくれるのだろうと期待していた。
ところが、そうでもないのだ。テーマも和声、形式も民族的なところはあるのだが、ちょっと民族性が足りないと感じられる。
もっと泥臭さがほしかった。きれいに演奏させすぎたのかもしれない。
それに対してバルトークの⟪中国の不思議な役人⟫は、「わーお!」というくらいに圧巻だった。パントマイム用に書かれた作品だが、こんなダイナミックな作品でパントマイムができるのかと思うくらい。すばらしいどころか、すごい作品だ。
他の指揮者でベルリンフィルの演奏を何回か聴いているが、これだけダイナミックで、鋭い音楽つくりをした演奏ははじめてだった。
指揮のペトレンコとオーケストラのベルリンフィルが一体になっている。阿吽の呼吸どころではない。すべてが合体して一つになって、音楽を醸し出している感じだった。
ストラヴィンスキーの⟪ペトルーシュカ⟫は、ロシアのバレエ団バレエ・リュスのために書かれたバレエ音楽。1911年に完成した。オーケストラの編成を3管編成に縮小した1947年版があり、今回は1947年版で演奏された。
主人公ペトルーシュカはピノキオのロシア版。おがくずでできたからだを持つわら人形だ。人間の感情を持つが、人形の中でしか生きていけない。そのペトルーシュカの苦悩が描かれている。1911年のパリでの初演では、ヴァーツラフ・ニジンスキーがペトルーシュカを演じた。
物語は、魔術師がペトルーシュカとバレリーナ、ムーア人の人形に命を与えることからはじまる。見せ物小屋の幕で貧しい生活を送るペトルーシュカは、美しいバレニーナに恋心を抱いている。しかしその気持ちはバレニーナには通じない。バレリーナは贅沢な生活をするムーア人を誘惑しようとする。
魔術師はそれをペトルーシュカに邪魔させようとするが、ペトルーシュカはムーア人に殺されてしまう。魔術師はペトルーシュカの遺体がおがくずからなる人形だとして、殺人ではないとみんなを納得させる。
魔術師は、ペトルーシュカの亡霊に追われていると感じて逃げ出す。最後は、謎の静けさだけが残って幕となる。
作品には、手回しオルガンのメロディやロシア民謡など、どこかで聴いたことのあるメロディの引用が多い。しかしそれは、次第にオーケストラの「騒音」に巧妙に邪魔されてわからなくなるからおもしろい。
バレエ音楽としてバレエダンサーが踊ることを考え、ダンサーの動きのリズムと息づかいをしっかり意識したつくりになっている。
指揮のペトレンコもその辺を意識し、音の抑揚をうまくつくっていた。聴いていると、3つの人形が踊っているのが思い浮かぶようだ。ぼくのからだも自然に一緒に動いてしまう。楽団員もみんな、楽しそうに弾いているのがわかる。
初演当時は、「グロテスクな音楽」とか」「汚らしい音楽」ともいわれたようだ。しかし、今となってはそうではない。とても巧妙に練られたすばらしい作品だと思う。
過去の録音を聴くと、楽譜を表面的に捉え、ところどころで映画音楽のようになっているものも多かった。しかしペトレンコ指揮では、そういうところがまったくない。作品のあやがうまく解釈されていたと思う。
この演奏を何回も聴けたらいいのだが。。。そうすれば、この作品の理解がもっと深まる。
(2025年11月06日、まさお) |