2020年7月28日掲載 − 脱原発
最終処分地をどう選定するのか

これまで、最終処分地における世代間の問題について述べてきた。その問題を少しでも緩和するため、放射性廃棄物を後で回収できる可能性を残しておくこと、科学的にしっかりした検証を下に最終処分地を選定することが必要であると書いた。


最終処分地を選定するのは、今生きているわれわれの世代だ。では、われわれは最終処分地をどう選定すべきなのだろうか。


ここで、「どう選定すべきか」とはまず手続き上のことをいっている。いかに民主的に、いかに公平に行うかということだ。最終処分地の選定に、民主主義な手続きを組み入れる手法だともいえる。


政治は、議会制民主主義になっている。だから選定には、最終的に国会決議が必要になる。でもそこで決議するには、決議する最終処分地候補がなければならない。


その候補地をどういう手続きを経て、国会で決議できるように選定するのかということでもある。


政策の立案件は政府にあるのだから、単に政府が候補地を提案すればいいのか。


ぼくは、そうは思わない。住民、特に最終処分地となる地元において住民の合意を得ることがとても大切だと思う。


そのために提案されたのが、最終処分地の選定を住民参加で行うことだ。たとえば、ドイツやスイス、イギリスなどが住民参加で最終処分地の選定を行おうとしている。


「住民参加」といえば、いかにも民主的に聞こえる。一つの方法だと思う。だが、そう簡単なことではない。最終処分地の選定において、どこでもそう簡単に住民参加を実現できるとは、ぼくには思えない。


住民参加で最終処分地を選定するには、政治も含めて社会にそれだけの条件が整っていなければならない。


ぼくは20年近くに渡り、ドイツで最終処分地の選定を住民参加で行う手法を確立する経緯を取材してきた。ドイツはすでに、それによって確定した住民参加手続きによって、最終処分地を選定するプロセスを開始した。


ドイツ社会は、とても民主主義に対する意識の強い社会だと思う。でもそのドイツにおいてさえも、最終処分地の選定を住民参加で実現できるのかどうか、ぼくには確信がない。


それだけ、最終処分地を民主的に選定することが難しいともいえる。ぼく自身、最終処分地は住民参加なしに選定されてはならないと思っている。でも、住民参加がこうでなければならないという王道もないと思う。


各国で、与えられた社会条件に基づいてより適切な手法を見つけるしかない。次回からはその事例として、ドイツがどういうふうにしてきたのかを見たい。



(2020年7月28日)
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ワールド放射性廃棄物レポートのダウンロード:
The World Nuclear Waste Report 2019 (英語版)
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