2019年11月01日掲載 − 小さな革命
統一への復讐(5):憲法も人材も西側から

西ドイツの憲法に相当する基本法には、東西ドイツが統一した場合、新たに統一ドイツの憲法を制定するか、西ドイツの基本法を統一ドイツの憲法とするかの、どちらかにすることが規定されていた。


新たに憲法を制定するには、長い手続きと時間がかかる。早急に統一するには、西ドイツの基本法を統一ドイツの憲法とするのが適切だと判断された。


ただぼくは、新しい憲法を制定しなかったことが、統一後今も東西市民が意識的に統一されない一つの大きな原因ではないかと思っている。その結果、西ドイツに乗っ取られ、支配されているとの意識が、依然としてドイツ東部市民に残っていると思う。


それに伴い、法規や政治制度、行政制度、司法制度、学校制度、社会制度などすべての制度が、西ドイツから統一ドイツに流用される。


人材面においても、ドイツ東部の州、自治体の行政組織の管理職には西ドイツの公務員が就任する。裁判官もすべて、西ドイツの裁判官に代わった。大学の教授も、東ドイツの教授は退官させられ、西ドイツから招聘された。


一部のドイツ東部州では、統一後も長い間、西ドイツの政治家が州首相を務めていた。


統一後、公務員や警察官、その他公的機関に勤める職員は、東ドイツの秘密警察「シュタージー」に協力していた過去がないか、詳しく調査された。その結果、協力していた過去があった場合、公職から追放された。


この点は、戦後ナチス残党が省庁や裁判所などに多数残っていた西ドイツに比べると、徹底していたといっていい。


でも、考えてもらいたい。一体誰が、若くて優秀な人材を手放すだろうか。


ドイツ東部には、定年間近か、定年退職したり、あるいはそれほど優秀でない人材がドイツ東部に送られたといっていい。


ドイツでは、公務員の年金は税金から支払われる。その結果、ドイツ西部から送られた公務員の年金負担は、すべてドイツ東部に移譲される。西ドイツで勤務していた年数についても、ドイツ東部が負担することになる。


もう一つ忘れてはならないのは、学術界とメディア界が西ドイツからの人材に支配されたことだ。その結果、西側からの視点でしか東ドイツの過去と新しいドイツ東部のことが伝わらなくなる。ドイツ西部からの上目線でしか、ドイツ東部のことが評価されなくなるのだ。


ぼく自身、ドイツ東部に関する研究発表やメディア報道を見て、それは違うと思うことが多い。ドイツ東部の市民であれば、なおさらのことだと思う。


ドレスデンで生まれた反イスラムを主張する極右グループ「ペギーダ」が、「プレスは嘘つき」だと唱えている。ぼくはこの発言を、ジャーナリストしては許せない。でもドイツ東部市民からすれば、そう思っても仕方がないとも思っている。


(2019年11月01日)


統一への復讐:
(1)東ドイツに対する無知 (2019年10月04日)
(2)東ドイツ市民に対する不公平 (2019年10月11日)
(3)西ドイツ主導の通貨統一 (2019年10月18日)
(4)新しい市場でしかなかった (2019年10月25日)
(6)右傾化するドイツ東部 (2019年11月08日)
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