2026年9月11日掲載 − HOME − 小さな革命一覧 − 記事
旧東ドイツの州議会選挙で極右政党が一人勝ちしたのはなぜ?

2026年9月06日に行われたドイツ東部ザクセン・アンハルト州の州議会選挙において、極右政党とされる「ドイツの選択肢(AfD)」が44%近い得票率で他党を圧倒して勝利した。しかし、目標としていた単独過半数には達しなかった。


「極右政党とされる」としたのは、同州の情報機関(憲法擁護機関)が2023年11月に同州のAfDを「監視する限り極右」と認定したからだ。これは、3段階で評価される極右化の確定度のうちで最も上位にランクされたことを意味する。


ここで「監視」とは、党から発信される情報を監視するほか、スパイ活動などによって内部も観察することによって行われる。


ぼくは2015年夏に出した拙書『小さな革命、東ドイツ市民の体験』(言叢社刊)において、東ドイツが西ドイツ極右勢力の温床になると書いたが(219ページ)、それがますます現実のものになっていくように思えてならない。


その社会的な背景については、ザクセン・アンハルト州の南に隣接するテューリンゲン州において2024年9月に州議会選挙があったのを機に10回に渡って連載してある(そのリンクの一覧は、10回目の記事の下にあるのでそちらを参照してもらいたい)。


テューリンゲン州の「ドイツの選択肢(AfD)」も極右政党としてランクされ、2024年の州議会選挙で第1党となった。州レベルでAfDが第1党になるのは、史上はじめてのことだった。しかし圧倒的に勝利したわけではなく、得票率は33%弱で最大野党に留まった。


選挙後、AfDと左翼党以外の政党で連立した政権は少数派政権となり、閣外から左派党の支援を受けて成り立っている。


今回のザクセン・アンハルト州の選挙では、AfDは州の政党の得票率としては戦後最高の得票率を記録し、戦後のドイツ史上はじめて州レベルにおいて極右政党の州首相が誕生する可能性が高い。


ナチスの過去の負担を負うドイツだけに、州レベルとはいえ極右政党の首長が誕生するのかどうかで、世界中から注目されている。


そこで今回はぼくがこれまで取材してきたことから、ザクセン・アンハルト州においてAfDがこれだけ台頭した背景を探ってみようと思う。


AfDは州議会選挙のスローガンとして「すべてが可能」と謳い上げ、AfDの党色である「青」の革命によってこれまでの政治を変えようとアピールした。


選挙戦に向けて2年前から準備し、35歳と若いウルリヒ・ジークムント首相候補を全面に出して、州内各地、特に過疎化の激しい地方まで地道に回って市民の立場に立った政治をアピールした。


AfDの政治戦略は元々、過疎地方にまで足を運んで、地道に地元市民の面倒を見るのが特徴だ。過疎地方でも選挙戦を展開したのはAfDしかないと思う。過疎地では、AfDのポスターしか見られないところも多かったと見られる。


そうして、AfDだけが直に市民を世話できる政党だというイメージを有権者に植え付けていった。親身に市民の面倒を見てくれるAfD関係者を目の前で体験すると、AfDが極右だというイメージは誰にも思い浮かばない。


選挙戦に入ると、ジークムント首相候補は選挙イベントに旧東ドイツ時代のスクーターに乗って登場。旧東ドイツ時代にノスタルジーを抱く市民の心を掴んでいく。


TikTokなど動画のソーシャルメディアを中心に動画による露出を拡大、継続することで、積極的にソーシャルメディアによる選挙戦も展開した。ソーシャルメディアの投稿数は、他の政党の数倍、数十倍にもなった。


ソーシャルメディアでは投稿数とクリック数が多ければ多いほど、有権者は画面にAfDの投稿しか目にしなくなる。


こうして、若くてイケメンの首相候補が新しい政治のスター、アイドルにのし上がっていったのだった。


ジークムント首相候補は歯切れのいいレトリックと明るい性格で、政治を変えよう、政治をかえなきゃと明るい希望を市民に持たせていった。


地元紙中ドイツ新聞の記者によると、たくさんの地元市民から1989年のベルリンの壁が崩壊した民主化運動の時と同じような熱い希望を抱くようになったと聞いたという。


それは、政策闘争をベースとした選挙ではなく、選挙が人気投票になったということでもある。その人気の熱気がAfD旋風を引き起こし、選挙結果に現れたといえる。


選挙結果は、巧妙に練られた選挙戦略の結果だともいえる。市民への近さをアピールすることでAfDの極右感が薄れ、有権者に新しい民主主義政党のイメージを抱かせていく。極右色の強い政策マニフェストを読んで、AfDを極右政党と認識して投票した有権者は少ないと思う。


AfDはこうして有権者の心を掴み、「新しい政治」に向けてアイドルへ人気投票させたのだった。AfD政権が誕生するかどうかはまだわからないが、現実の顔が出てくるのは選挙終のこれからだ。


ぼくは、旧東ドイツの民主化運動について書いた本を『小さな革命』とした。それは、ベルリンの壁を崩壊させ、冷戦を終わらせたのは市民による民主化運動によって革命が起こったからだった。しかし市民は統一による西独マルクをベースとした豊かな生活を望んだばっかりに、旧西ドイツの思うように統一が進められた。旧東ドイツは植民地化されたのと同じだった。自分たちの尊厳は破壊され、希望した豊かさも夢となった。旧東ドイツ市民には、その落胆がたいへん大きい。


今回たくさんのザクセン・アンハルト州の有権者が極右政党AfDに投票したのは、統一後の政治に大きな不満を抱く有権者の心を掴むAfDの巧みな戦略でAfDが極右だと気づかずに、AfDによる新しい「民主主義政治」を期待したからだ。


しかし、AfDが実際の極右の顔を出してAfDが民主主義を無視する極右だと気づいた時にはもう遅い。東西ドイツ統一後にそんなはずではなかったと落胆させられた過去と同じように、AfD旋風後の現実に落胆されられてしまうのではないかと思う。


落胆の歴史がまた繰り返されるのかと思うと、悲しい。


(2026年9月11日)
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拙書『小さな革命、東ドイツ市民の体験、統一プロセスと戦後の2つの和解』
関連資料:
ザクセン・アンハルト州州議会公式サイト(ドイツ語)
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