前回、再生可能エネルギーを普及させるのは社会全体の課題だと書きました。そのために、再エネを普及させる施策である固定価格買取制度(FIT制度)の負担を、社会全体で負担していくしかないと。
でもなぜ今、その負担を負わなければならないのでしょうか?
この問題については、この再エネいろはでもいろいろ書いてきました。
石炭や石油、ガスの化石燃料は、有限です。エネルギー供給を持続可能なものにするには、無限にあるエネルギーへとシフトしなければなりません。
そのためには、長い年月がかかります。そのプロセスにおいて、エネルギー供給に世代間の公平さをもたらすには、今の世代が再エネに投資すべきであることもすでに指摘しました。
ここに、もう一つ重要なポイントがあります。
それは、再エネが誰にでも無償で手に入り、誰にでも使う権利があるものだということです。これについても、述べたと思います。
ぼくはこの点に、将来社会にとってとても大きなインパクトがあると思います。
それは、どうしてか。
化石燃料は、本来人類共有の財産であるはずです。そう定義すると、化石燃料は誰にでも使う権利があり、それによって得られた利益は人類共有の財産として平等に分配されなければならなかったはずです。
でも現実には、化石燃料は土地を所有してそれを発掘する者だけの財産となってしまいました。それが、資本を生み出した源泉だと思います。そして、資本は一部の人だけのものとなり、格差が生まれました。
それが、資本主義を築き上げた基盤だと思います。
それによって、人類は豊かになりました。今の豊かさは、化石燃料なくしてはあり得なかったと思います。
でも、再エネによってその土台が崩れようとしています。再エネが誰にでも無償で手に入り、誰にでも使えるものだからです。再エネは、資本主義を支えてきた化石燃料のように特定の人だけに利益をもたらすわけではありません。
それによって、経済と社会がどう変化していくのか。ぼくには、まだ想像もつきません。
それに伴い、資本主義が変わらざるを得ないだろうくらいは、ぼくにでもわかります。すでに日本でも、資本主義の限界についていろいろ議論されているようです。
でも、再エネへの転換による影響からポスト資本主義についてまで考えたものはまだないように思います。ぼくは、資本主義を変える本質的なインパクトは、資本主義の基盤をつくってきた化石燃料から再エネにシフトすることにあると思えてなりません。
再エネへのシフトは、資本主義をもたらした産業革命からの撤退、脱産業革命を意味します。その流れは、もう止めることができません。
この変化をしっかり自覚しないと、時代の流れに取り残されます。同時に、経済と社会がその変化に順応していかなければなりません。
それには時間がかかります。そのためにも、今から再エネに投資するのです。
(2019年12月25日)
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