ナチス強制収容所の歴史研究はまだこれから

 冷戦終結前の1980年代後半、ぼくは強制収容所跡を見学し、写真を撮影していました。戦後75年に向け、その写真をインスタグラムで投稿してきました。ただインスタグラムは、その場その場の写真を見るものです。過去の写真を連載するには適しません。投稿しても、すぐに忘れられてしまいます。

 それを避け、できるだけ長く強制収容所跡の写真を見てもらいたい。そのため、写真をベルリン@対話工房のサイトにおいても閲覧できるようにしました。ようやくそれが、終わったところです。

 ぼくは当時、東ドイツにいました。強制収容所跡が東欧諸国に多いことから、これは、強制収容所跡を見る絶好の機会だと思いました。その期間を利用してやれ。ぼくは休暇や連休がある毎に、強制収容所跡にいっていました。

 その時に撮った写真の一部をインスタグラムに投稿してきました。当時と比べ、今の強制収容所跡はかなり整備され、変わっています。その意味で、貴重な写真だと思います。

ビルケナウ強制収容所跡の正門

 写真を投稿するに当たっては、展示物の写真を意図的に掲載しませんでした。当時展示されていた写真は、どの強制収容所跡にいっても、ほぼ同じ写真が展示されていたからです。

 それは、強制収容所跡のある東欧諸国では、政治体制の違いから、ナチスの過去が政治的に利用されていたからでした。反ファシズムは、反西側体制でもあったのです。

 冷戦時代には、強制収容所跡において反ファシズムを目的として強制収容所の歴史が利用され、都合のいい歴史の情報しか提供されていなかったともいえます。強制収容所自体の歴史研究も浅く、それほど進んでいなかったといわなければなりません。

 ぼくは当時強制収容所跡を見て、そう感じていました。

 冷戦が終わり、90年代になってはじめて、強制収容所毎にそれぞれの歴史について研究が開始され、その過去の実態が把握されはじめます。

 それとともに各強制収容所跡では、強制収容所それぞれの歴史に基づいて展示が更新されていきます。強制収容所に収容されていた囚人それぞれの個人史も、語られるようになりました。

 強制収容所跡とそこにおける展示方法が変わっていきます。

 こうしたプロセスを見ると、強制収容所の歴史研究はまだこれからだといっても過言ではありません。たとえば強制収容所における女性やこどもの囚人の問題などは、冷静時代はまだ十分に把握されていませんでした。強制収容所内における性暴力の問題もまだ、解明されていませんでした。

 そういうと、日本の右翼が喜びます。いわゆる慰安婦のようなことが、ドイツでは隠されていたのだといわれかねません。ただ現実は、そうではありません。

 戦後冷戦時代に入り、強制収容所の歴史が中立的な立場から、学術的に把握できる機会が失われていたともいえます。

 たとえば強制収容所における性暴力の犠牲者は主に、東欧諸国にいます。冷戦時代、犠牲者を探し出すほか、犠牲者に接触するのはたいへん難しかったといわなければなりません。

 それに加え、犠牲者が心を開いて過去について語れるようになるには、時間がかかります。でも、そうして時間をかけるチャンスはありませんでした。

 ぼくが2005年にドイツ西部ザルツギッターの製鉄所内にある強制収容所跡を訪ねた時、そこではじめて強制収容所内の性暴力問題について知りました。女性の囚人たちが強制的に性行為を強いられていた事実です。

 たとえ性暴力の犠牲者を探し出しても、なかなか過去について話してもらえません。至難の業だったと説明されました。まず時間をかけて信頼関係を築き、それから徐々に過去について話してもらう機会を設けるしかないということを聞きました。センシブルでとても難しい問題です。それは、当然だと思います。

 強制収容所内で、バラック毎に囚人を取り締まっていたのは、ユダヤ人でした。その取締役のユダヤ人が強制性暴力にどの程度関わりを持っていたのか。それについても、よくわかっていません。それについて解明するのも、とても難しいと聞きました。強制収容所におけるユダヤ人の犯罪を暴くのは、ほとんどタブーだからです。

 強制収容所の歴史については、まだ知られていないことがいろいろあるはずです。生き証人が高齢化して失なわれていく中において、過去の事実を解明するのは、簡単なことではありません。

 冷戦時代の時間はもう、取り戻すことはできません。だからといって、何もしないわけにはいきません。
 
 戦後75年以上も経った現在も、強制収容所における過去の事実を明らかにして、人類が2度と同じ過ちを繰り返さないよう肝に命じなければなりません。

(2022年12月16日、まさお)

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ナチス強制収容所跡(一覧)|インスタグラム写真集

関連サイト:
Memorial and Museum Auschwitz-Birkenau(英語)

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