ドイツ東部で極右と極左のポピュリズム政党が台頭している。その背景としてドイツのメディアではアンケート調査などの結果をベースにして、過去に独裁体制下で生活した体験からドイツ東部の市民の中に、独裁に傾倒する傾向が見られると報じられている。
そういう可能性はあるかもしれないとは思うものの、本当にそうなのか、ぼくにはよくわからない。
そのためこの問題については今回、触れないつもりでいた。
ところが先日ドイツの夜のテレビニュースを見ていたら、米国の大統領選において、トランプ大統領候補が反外国人の立場にもかかわらず、独裁体制下にある国から移住してきた南米人に独裁的なトランプ元大統領を支持する者が多いとレポートされていた。南米人にも、そういう傾向があるのかと思った。
そこでここでも、ドイツ東部における独裁に傾倒する問題について少し取り上げることにした。
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ベルリンの壁崩壊1カ月前の1989年10月7日に行われた東ドイツの建国記念日のパレードに参加する国民軍兵士たち |
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ぼくの東ドイツ時代からの友人や知人には、ベルリンの壁崩壊前の民主化運動に関わったり、運動を支援していた者が多い。独裁制から民主的な社会に換わることを望んで運動していたといっていい。独裁体制にしたがうのではなく、自分で自由に決めて生きたいという願いがあった。
しかしいざドイツが統一されて自由を得てみると友人や知人に、自分で自由をどう組み立てて、満喫していけばいいのか混乱しているのではないかと思われるケースがいくつか見られるようになった。
旅行の自由はすぐに、楽しむことができた。団体旅行などに参加すれば、それまで行ったことのない西側の保養地で休暇を楽しむことができる。
しかしいざ、それを自分で自由に計画するとなると、ちょっと戸惑いはじめる。まだ慣れていないといえばそれまで。だが今から思うと、それだけではなかったのかもしれない。
もう一つ気になったのは、自分たちは自分をどう売り込むべきなのか学校で学んだわけではないので、就職活動する時に不利になるといわれたことだった。
ぼくの日本での学校生活を振り返ると、ぼくはそんなことを学んだ覚えがない。でもなぜそう発言されるのか、ぼくにはよく理解できなかった。
ただ東ドイツ時代、自分の進路も職業選択も自分で自由に決められたわけではなかった。進路と職業の自由は制限され、独裁体制によって事前に決められていたのも事実だ。
独裁体制下でいろいろな面で自由がなくても、自分で決めなくてもいいという気楽さがあった。
自分で自由に仕事を探して、見つけることのできる人はいい。ドイツ西部の社会に入っていって、仕事を見つければよかった。しかしそれができない人はむしろ、自由を重荷に感じていた可能性がある。
その結末としてドイツ東部に取り残されると、独裁体制にノスタルジーを感じてしまう可能性があるかもしれない。今から思うと、ぼくはそう感じてしまう。
(2024年10月09日) |