さよなら減思力

ロウソクの灯り

 12月に入り、ドイツでは待降節に入った。待降節はクリスマスに向けた4週間の準備期間のこと。その間に、4回の日曜日が含まれる。こちらでは、待降節に合わせてクリスマスリースといって、もみの木の枝を輪形に編んで松ぼっくりなどを付けたクリスマスの環が飾られる。環には4本のローソクが埋め込まれていて、日曜日毎に新しいローソクに火が灯され、火の灯ったロウソクが増える毎にクリスマスが近付いていることが実感される。

 ドイツでは、食事の時にロウソクに火を灯すことも多い。レストランでは席に着くと、給仕は当然のように、テーブルの上に置かれたロウソクに火を入れる。家庭でも、食卓にロウソクに火が入る。食事のときばかりでなく、友人たちが集まって団らんするときもそうだ。こういう風習は、ヨーロッパ各地に見られると思う。

 ロウソクは、なぜここまで生活の中に入り込み、いつ何時でも灯されるのか。いろいろと、友人のドイツ人たちに聞いたことがある。しかし、全く埒のあかない返事しか返ってこない。大方は「雰囲気がいいから」とか、「気分がいいから」というムード派。それはそれで、非常に素直な気持ちで、納得はできる。しかし、文化の異なる異国からきた者としては、もっと意味の深いものを期待してしまう。まだ電気のなかったことの名残だとか、何か宗教的な意味合いだとか…..。

 火は人類にとって、非常に大切なものであった。同時に、恐れの対象でもあったはずだ。火は人間が自由にコントロールできない自然なもので、人類には全く把握できない大宇宙のエネルギーを象徴するものとして感じ取られてきたのではないか。そういう火の一部である灯火と密着した生活。

 ロウソクは、日常生活の中だけで灯されるとは限らない。旧東独での民主化デモや、最近ではイラク戦争反対デモなどもロウソクが灯された。ロウソクの淡い炎に自由への願いや平和への願いを込め、炎の中に希望の光を求めたのではなだろうか。またロウソクを手に持つことは、手を他のことに使うことができないので、非暴力だということも象徴する。

 米英軍によるイラク攻撃が間近となった03年3月15日夜、ベルリン市民約10万人はロウソクや懐中電灯を持参し、ベルリンを東西に35キロメートルの灯明行列が出来上がった。

 日本でもぼくが小さかった頃は、生活の中に炎がたくさんあった。田舎で育ったぼくの家にはかまどがあり、風呂も薪で沸かした。火鉢には、一年中炭火が消えることなく、赤い光を放っていた。町から遠く離れた部落では、まだ石油ランプを使っていたところもある。日本でも、昔は火の光が生活とともにあったのだ。

 ドイツでは、夜になっても部屋を電気でこうこうと明るくすることはない。人工の光は嫌われているかのようだ。電気の光は、壁に当てたりして間接照明されることも多い。本を読むときでも、本のところだけを明るくする人が多い。日本人からすると、暗いのは目に悪いとも思われるが、眼鏡をかける人の率は、日本に比べると、格段に低いと思う。

 どちらかというと暗い部屋にロウソクが灯る。ロウソクは冬の寒さに暖かさをもたらすと同時に、神秘さももたらしてくれる。ロウソクの炎はちょっとした空気の流れの変化に揺れては、また元に戻る。そして、また揺れる。ぼくには、ドイツ人がロウソクの炎の光の中に生活の喜びや悲しみを投影しているように思える。そして、ロウソクが燃え続ける姿に明日に向けた希望を見い出しているのではないだろうか。人間の日常生活には、ロウソクの灯が必要なのだ。

(2017年12月03日、まさお bmkのサイトから転載)

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