グローバル化と金融緩和
1990年代はじめにソ連が崩壊して、冷戦が終結しました。世界はその後、すごいスピードでグローバル化されていきます。2008年、米国でのリーマンショックを機に金融危機が起こります。その影響は、今も続いています。
その間世界では、戦前の植民地グローバル化時代と同じように、紙幣を好き勝手に印刷してはお金を市場にばらまきはじめます。それを現在、金融緩和と呼んでいます。
それは、国内のリンフレ率を引き上げるためだといいます。それによってさらに、自国通貨の為替レートを引き下げ、輸出を促進することが期待されています。
市場にばらまかれたお金はどこにいくのでしょうか。
インフレ率を上げるといっても、一般庶民の手にお札は届きません。金融緩和政策の名目で印刷された紙幣は株に投資され、株価だけが上がります。そして、世界のどこかでバブルがはじけます。
日本では今でこそ、安倍政権の経済政策アベノミクスによる金融緩和が有名です。しかし日本はその前の1980年代後半に、円高を抑えるために金融緩和政策を実施していました。ドル高で貿易赤字に悩む米国を支援することが国際的に決定されたからです。その後、急激に円高が加速します。その結果、円高で日本の輸出が大きな打撃を受けます。当時の金融緩和政策は、それに対抗するためでした。
1980年代後半にばらまかれたお金によって、1990年代に入ってまず日本でバブルがはじけます。それ以降、日本経済は低迷を続けます。
日本で印刷されたお金はその後、韓国やマーレーシア、インドネシアなどのアジアの新興国に流れます。そこで、株に投資されました。そして1990年代後半になると、アジア新興国でバブルがはじけます。
今度は、米国で公定歩合が引き下げられます。国際金融市場を安定させる名目でした。金融市場にあったお金は、米国で情報技術などに投資されます。その結果21世紀に入って、ITバブルがはじけます。
米国はさらに金融緩和政策を強化します。そのお金は、米国や南ヨーロッパの不動産に投資されました。そして、リーマンショックが起こり、ヨーロッパで金融危機となります。
過去を振り返ると、世界は金融緩和の名目で紙幣を多量に印刷しては、マネーゲームを続けてきました。その結果、世界のあちこちでバブルの崩壊をもたらしてきたのです。
(2018年3月26日、まさお)
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