さよなら減思力

公平とは?

 ドイツでは今、基礎年金を導入すべきかどうかの議論が行われています。政権与党の社民党が、高齢者の貧困が広がっていることから、定年後も最低限の生活ができるように、基礎年金として最低年金支給額を規定しようと提案したのがきっかけでした。

 現在、年金が十分ではない年金生活者を生活保護のような形で最低保障する制度があります。ただその場合、実際に生活保護が必要かどうか、さらに冷蔵庫が壊れた場合など個別に物が必要になる場合も、その都度申請をして審査を受けなければなりません。

 基礎年金では、その審査を排除して一括して最低給付する支給額を規定してしまおうというのが、今の制度と異なる点です。

 基礎年金を満額給付するのは、35年間働いていたことを前提とし、その年数が減るごとに給付額が減額されます。

 基礎年金で問題となるのは、低賃金で働いてきた人の中に、まじめに働いてきたが年金支給額が基礎年金額と変わらない人が出てくることです。たとえば、現在病院で掃除婦として低賃金で働いている女性の場合も、今後定年までフルに働こうが、パートで働こうが、将来の年金給付額にそれほど大きな違いが出ません。

 それなら、労働時間を減らしたほうが楽になります。

 その結果、基礎年金はそれで公平なのかと、ドイツで議論されはじめています。十分に働いていない人と、まじめに働いてきた人の間で、給付される年金の額に差がないのはおかしい、公平ではないということです。

 そうなると、誰も働かなくなるとも議論されています。

 ただぼくは、ここで公平さの議論をするのは本末転倒だと思います。根本的な問題は、賃金が安いので、まじめに働いても老後を年金だけで生活することができないことです。

 ここでは、最低賃金についても一緒に議論しなければなりません。最低賃金が規定されず、労働者が安い賃金で働かされていることが問題です。でもそれは、労働者を守るべきはずの労組にとってもタブーテーマです。最低賃金が引き上げられて、雇用が削減されては困るからです。

 低賃金のレベルが停滞ないし下がる一方なのに対して、CEOや取締役など管理職の給与が比較にならない程度に上がっていることも問題にしなければなりません。ドイツでは、贈与税はありません。また相続税率も低く、税率の引き上げを政治的に実現できない状況が続いています。

 これらの事態が、中間層を破壊して、格差がより拡大する一つの大きな要因となっています。

 にもかかわらず、基礎年金に絡む低所所得者の間では公平か、公平でないかの議論はされても、低所得者と高所得者の間の公平さについては議論されません。

 それで公平ですか。

 そうは、思いません。その時だけの都合で公平さについて議論するのであれば、それは公平ではありません。

(2019年2月22日、まさお)

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